いま、科学者たちはそういう状況証拠ではなく、直接からだの中で進行していることを示す物的証拠を探しています。そのキーワードが炎症です。
糖尿病やアテローム性動脈硬化の「炎症」とは
魚・野菜・オリーブオイル中心の地中海食は、抗炎症食として知られています
これに対し、糖尿病やアテローム性動脈硬化の炎症というのは少し違います。自覚できる炎症の症状も兆候もないのです。
その代り、体のどこかで炎症が起きていることを示すいろいろなタンパク質(炎症マーカー)が血液の中で高いレベルで見つかるようになります。このタンパク質は体がけがに対して反応しているもので、本来は体を守る免疫反応の正常な結果です。つまり傷や侵入者をある一部に封じ込めて排除する戦いの症状です。
ところが血液中の炎症性タンパク質が常に高レベルにあることは、体の内部で炎症が起きていることを示します。例えば血管とか歯茎、関節などです。
近年、科学者たちは脂肪細胞と炎症の不思議な関係に気づいていました。実験のために肥満させたマウスの脂肪組織に白血球などの免疫細胞が異様に集中しているのです。これらの免疫細胞は体を守るために警戒しているのではなく、とても活動的なのです……侵入者がいないのに!
1990年代のはじめに脂肪細胞が脂肪の貯蔵庫だけでなく、TNFアルファ(腫瘍壊死因子アルファ)のような生理活性物質を分泌している巨大な内分泌器官であることを発見して以来、インターロイキン-6、レジスチン、アディポネクチン、MCP-1、PAI-1などのいろいろなアディポサイトカイン(脂肪細胞から分泌される生理活性物質)が体の調節にかかわっていることが分かってきました。糖尿病にとって善玉も悪玉もありますから、分泌異常がメタボや2型糖尿病に深くかかわっています。
つい先日の7月5日(2011年)、日経新聞にプレスリリースがあった東京大学の宮崎徹教授が発見した白血球が分泌するAIMというタンパク質も、「肥満がある程度進行すると脂肪組織に多数の免疫細胞(マクロファージ)が集まって、持続的な炎症(慢性炎症)を起こしてインスリン抵抗性から2型糖尿病や動脈硬化になる」という文脈の中で理解するものです。AIMが脂肪分解やマクロファージを呼び寄せて炎症状態を作り出すことに関与しているので、それをコントロールすることで生活習慣病の根本的な治療法を10年後をめどに開発しようという記事でした。
抗炎症薬サルサレートで2型糖尿病治療! TINSAL-T2Dとは?
全身の炎症経路の阻害が、よりよい糖尿病治療につながる可能性があるのなら、すでにある抗炎症薬を2型糖尿病に使ってみたらどうなるのでしょうか?このアイデアはもうアメリカで治験が行われています。研究をリードするのは、常に糖尿病治療のトップを走るジョスリン糖尿病センター(ハーバード大)で、NIH(国立衛生研究所)の資金提供を受けたれっきとしたランダム化2重盲検の前向き研究です。
抗炎症薬サルサレートを用いて2型糖尿病の炎症に的をしぼった研究、TINSAL-T2D(Targeting INflammation using SALsalate in Type 2 Diabetes)です。
サルサレート(一般名)という非ステロイド系抗炎症薬はサルチル酸ナトリウムのことで、アスピリンより古く、19世紀後半からありました。どこもパテントを持っていない安価なジェネリック薬で、アスピリンよりも出血や胃腸毒性が少ないため、関節炎によく使われています。日本では未発売。安全性はかねてより実証済みで効果もあり、安価な糖尿病薬の可能性ということで、医療行政の方針とぴったりと合った薬の選択だったと、ジョスリンの研究者は自画自賛しています。
小規模なパイロット研究はすでに終了していて、追跡14週でサルサレート3g/日 群でA1Cが0.36%ポイント、4g/日 群で0.49%ポイントの低下がありました。インスリン抵抗性のある患者のA1Cが0.5ポイント下がれば立派な糖尿病薬です。サルサレートのインスリン抵抗性と心臓の冠状動脈疾患への研究は現在も進行中です。
サリチル酸の高容量投与があるタイプの糖尿病の尿糖を減らすことは100年以上も前から論文がありましたが、メカニズムは不明でした。改めて科学の光が当てられています。
まだ腎臓への負荷などが未知数ですが、関節炎に苦しむ2型糖尿病者にとって、血糖値が下がる抗炎症薬サルサレートは何ともうれしい「副作用」ですね!