つかみどころの無い相手に対して、「芸術家タイプだね」と言ってしまうことはありませんか?

芸術に携わる人はそんなに一般社会とかけ離れていたり、分かりづらい存在なのでしょうか? また美術館に行くことは日常からかけ離れたこと?

知らないからこそ、極端な想像が走っていることは、ままあります。話を聞いてみたくても、一般企業に勤める人がなかなか知り合う機会のないアーティスト。そのなかのひとり、森美術館で個展が開催されている小谷元彦さんにインタビューしてきました。

なぜ彫刻の道に?

「京都出身で仏師になりたかった」という話がインタビューで取り上げられたことがありますが、それだけじゃないですよ(笑) 現実はもっと複雑なかけあわせです。例えば、特撮の舞台裏も好きだし、特殊メイクも好きだし、ガレージキットみたいなのも好きだし、死生観をはじめとした哲学的なことにも興味がある。

唯一、言えるのは大学はいるまでは、あまりアートには興味が無かったです。そっちより、ファッションは興味ありました。高校生くらいの時、ヴィヴィアンウェストウッドがアーマーっていう服を作っていて凄く彫刻的なことをやっていました。兎に角、自分のなかのそういう色々なものへの興味を練り上げた結果が、彫刻家だったんです。

伝える手段としての彫刻

小谷元彦

1972年、京都府生まれ。1997年、東京藝術大学大学院美術研究科修了

自分の身体感覚と出力メディアとして合っていて、表現の形に合うものなら、取り入れていこうと思っています。木彫っていうのは時間かけないとできないじゃないですか。あのスピードでやっていると僕は創作活動が凄く遅くなってしまう。主題との関係でやらなきゃいけないとなったらやりますけど、そこにこだわっているわけでもない。

作業の時、パンパンっと反応が返ってくる素材の方があっているかもしれません。インプロビゼーション(即興)のような感じでしょうか。そうすると情動だけでやっているように見られますが、それは違いますね。それなりに頭も使います(笑) 原風景でつくっていけたら、そんなラクな話は無いです。

言葉から組み立てて作品つくってないんですよ。どちらかというと言説的なことはやっているうちに芋づる式につながってくるフックを仕掛けているだけです。できあがったものが得体知れないときはある意味いい状態です。結局、言説的なところって、自分のマッピングから紐解いてみたときに、「ああ、そういうことか」と後からくっついてくることが多いです。


作品を見に美術館やギャラリーに足を運ぶということは?>