インフルエンザ脳症とは……死亡率・後遺症リスクともに高い、子どもに多い病気
インフルエンザの合併症の中でも特に心配なインフルエンザ脳症。急速に進行するのが特徴で、死亡率も後遺症が残る確率も低くありません
発症例は、2009~2010年には319例ありましたが、2011年以降は、64~101例で推移しており、2009年から2015年までに748例の報告がされています。年齢の内訳は0~4歳が202例、5~19歳が408例、20~59歳が72例、60歳以上が66例です。2019/20シーズンのインフルエンザ脳症におけるウイルス型別では、A型が122例(91%)、型不明が12例(9%)で、B型では起きていないと報告されています。新型コロナウイルス感染症の流行期は、インフルエンザの流行が減ったため、脳症の報告も減りましたが、2023年以降はインフルエンザの流行が以前のように増える状況になりましたので、注意が必要です。
インフルエンザ脳症の種類・それぞれの予後・死亡率
インフルエンザ脳症は、様々なタイプに分かれており、予後や死亡率が異なりますが、いずれもインフルエンザに罹ったときに、急速に進行するのが特徴です。致死率は無治療の場合は約30%でしたが、適切な治療が行われるようになったことで、10%以下になっています。具体的には、1998~1999年では死亡率は31%でした。しかし治療のガイドラインができて、2001~2002年には17%に減少し、2005~2006年では9.8%まで減少しました。発生数はインフルエンザの流行状況にも左右されるため、インフルエンザ罹患数が増えると脳症も増える可能性があります。
また、脳症を起こすと、15%にてんかんや発達障害などの後遺症が残ることもあり、まだまだ怖い病気であることには変わりません。インフルエンザ自体の予防と、脳症になってしまった場合の初期治療が大切です。
<目次>
- インフルエンザ脳症の症状……高熱・痙攣・意識障害・幻覚・うわごとなど
- インフルエンザ脳症を起こしやすいインフルエンザの型
- インフルエンザ脳症の検査法・診断法 迅速検査の上、脳波検査・頭部CT検査など
- インフルエンザ脳症の治療法 ウイルスに対する治療と免疫異常を抑える治療
- インフルエンザ脳症による後遺症の障害ケア
- 後悔しないためのインフルエンザ脳症の予防法・対策法
インフルエンザ脳症の症状……高熱・痙攣・意識障害・幻覚・うわごとなど
インフルエンザ脳症では、脳の障害とインフルエンザ特有の様々な症状が起こります。- 高熱(多くは38℃以上)
- 咳、鼻水、全身倦怠感、ノドの痛み、筋肉痛などのインフルエンザの症状
- 痙攣
- 意識がなくなる意識障害
- おびえ、恐怖、幻覚、幻視、突然大声を出したり、うわごとを言ったり突然怒り出したりする異常行動
タミフル投与後の異常行動の報告で、インフルエンザ治療時の異常行動が問題になったことがあります。異常行動の多くは、発熱後24時間以内に見られ、特に高熱時に多いようです。しかし低温時に見られることもあります。一方で、タミフルを投与していない無治療のインフルエンザでも異常行動が見られることがあるため、異常行動自体がインフルエンザによる合併症とも考えられています。以上より、タミフルの投与は学童であっても可能になっています。いずれにしても、異常行動によって事故につながることもあるので、インフルエンザの時には注意深く観察する必要があります。
インフルエンザ脳症の異常言動・行動の例として以下のようなものがあります。
- 両親がわからない、いない人がいると言う(人を正しく認識できない)
- 自分の手を噛むなど、食べ物と食べ物でないものとを区別できない
- アニメのキャラクター・象・ライオンなどが見える、など幻視・幻覚的訴えをする
- 意味不明な言葉を発する、ろれつがまわらない
- 怯え、恐怖、恐怖感の訴え・表情
- 急に怒り出す、泣き出す、大声で歌い出す
インフルエンザ脳症を起こしやすいインフルエンザの型
ガイドの長女は毎年ワクチンをしていますが、2009年はインフルエンザになってしまいました。その時の検査。Aの部分に青い線が見られます。
インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型があり、ヒトに感染しやすいのはA型、B型。ウイルスの表面にある小さな粒子によって、さらに、A型は、H1N1亜型とH3N2亜型に分かれ、以前はソ連型として流行していましたが、2009年以降流行した株に変わっております。2009年に流行したH1N1亜型は、2011年以降季節性になっております。H3N2亜型は香港型と言われています。
今は見られませんが、アジアかぜの原因であるH2N2亜型が流行した時代もありました。B型も何年かに1度は流行しています。どの型のインフルエンザでもインフルエンザ脳症が起こる可能性はありますが、A型に多いといわれています。
インフルエンザ脳症の検査法・診断法……迅速検査の上、脳波検査・頭部CT検査など
まずはインフルエンザにかかっていることが確定診断できていなくてはなりません。インフルエンザの診断は、症状を中心に「迅速検査」で行うことが多いです。迅速検査では、多くの場合鼻に綿棒を入れて擦り、鼻の粘膜を採取して、キットに入れて反応を見ます。10~15分もあれば診断ができますが、最近はさらに短い時間で診断が可能です。また、鼻水で検査するキットもあります。ノドでの検査では唾液のために実際には陽性であっても陰性になってしまうことがあります。インフルエンザウイルスの遺伝子を機械で増やして判断する「PCR検査」、インフルエンザに対する抗体が上がっているかどうかを見る「血液検査」などもありますが、実際は、ほとんどが迅速検査で分かります。ただし、発熱から検査までの時間が短いと、インフルエンザであっても検査で陽性にならない可能性があるので、検査が早すぎて陰性と出ている可能性がある場合、12時間から24時間後に、再検査を必要とする場合があります。A型の中で、ソ連型と香港型を区別するキットもありますが、まだ普及していません。2009年に流行したインフルエンザの診断には、少し時間がかかる「PCR検査」を行っていましたが、現在は季節型として診断されていますので、あえて区別する必要がなくなっております。つまり、ソ連型というH1N1亜型は2011年以降はあまり言わなくなっており、A(H1N1)pdm09と呼ばれています。
迅速検査がよくなっているために、感度もよくなり、発症から数時間でも診断できる場合や検査時間も短くなっています。
上記の検査でインフルエンザと確定した上で意識障害がある場合、「インフルエンザ脳症」を疑います。続けて、脳波検査(検査時間約30分程度)、頭部CT検査(検査時間約15分)、頭部MRI検査(検査時間約30分)、血液検査(結果まで約1時間)、尿検査(結果まで約30分)を行います。
■脳波検査
脳炎が起きている場合、脳波の形が大きく揺れて表示される「高振幅徐波」という異常が出ます。波がない「平坦脳波」になることもあります。
■頭部CT検査、MRI検査
インフルエンザ脳症の時のCT。脳が腫れているため、脳のシワがあまり見えなくなっています
脳炎が起きている場合、脳全体が黒く写ったり、脳が腫れて脳のシワ(脳溝)が見えなくなったりします。撮影条件で異常を見つけることができます。
■血液検査
血を止めてくれる血小板の減少が見られることが多いです。細胞が壊れると、体に含まれている物質が血液中に流れてしまうため、AST、ALT、CPKなどの物質が上昇します。
■尿検査
尿にタンパク質(蛋白尿)や血液(血尿)が出ます。
インフルエンザ脳症の治療法……ウイルスに対する治療と免疫異常を抑える治療
インフルエンザ脳症の治療法は、インフルエンザウイルスに対する治療と、脳症を起こす免疫異常を抑える治療の2つに分けられます。■インフルエンザウイルスに対する治療法……抗インフルエンザ薬
まず、インフルエンザウイルスに対しては、抗インフルエンザ薬を早期に使用して治療します。インフルエンザウイルスそのものを減らすための薬を使用します。意識障害があるために、吸入薬は使用が難しいです。ただし、2019年よりイナビル(ラニナミビル)を吸入器を使用して吸入できるようになりますので、呼吸していれば吸入可能になります。さらにゾフルーザ(バロキサビルマルボキシル)、アビガン(ファビピラビル)と言った内服薬もあります。
- タミフル(オセルタビル):中外製薬
内服薬。意識がない場合は、鼻から管を入れて注入することもあります。 - ラピアクタ(ペラミビル):塩野義製薬
点滴。1回で効果を発揮しますが、効果の速さはタミフルと同等で解熱までの時間に差がないので、タミフルの内服ができないような呼吸不全がある時や、脳症、脳炎が見られる時に使用されることが想定されています。
子供の場合は体重当たり10mgを15分以上かけて点滴。タミフルが効きにくいインフルエンザの場合、同じように効果が悪いと言われています。
抗けいれん薬や点滴、体温管理などの全身管理を行います。脳の腫れを抑える薬も使います。
■インフルエンザ脳症を引き起こす免疫異常を抑える治療
インフルエンザ脳症は、インフルエンザによって起こる免疫の異常ですので、免疫の異常を抑える治療も行います。
- メチルプレドニゾロンパルス療法
治療期間:3日間
免疫を抑制するステロイドを大量に投与する方法。脳症の1日目に投与した方が効果が高いと言われており、2日目の投与では約50%近くの重度の後遺症や死亡リスクを避けられないと言われています。これはインフルエンザ脳症が急速に進行するためです。 - γグロブリン療法
治療期間:1日間
血液の中で、ウイルスなどに抵抗力を示すタンパク質がγグロブリンです。ステロイドよりは免疫を抑える作用は少ないのですが、インフルエンザウイルスを減らしたりする効果もあります。
- 脳低体温療法
治療期間:7日以内
脳内に発生した活性酸素を抑え、体温を下げることで脳を保護する治療法。施行時間が長いと、免疫を低下させてしまいます。 - 血漿交換療法
治療期間:3日
血液中の脳などの臓器を破壊する物質を除くために、血液を一部を交換する治療法。 - シクロスポリン療法
治療期間:7日
移植などに使う免疫抑制剤を使用し、免疫異常を抑える方法。 - アンチトロンビンIII大量療法
治療期間:5日
インフルエンザ脳症では、血液が止まりにくくなるので、その状態を改善するために血液を固めるために必要な成分を点滴します。
このように、インフルエンザ脳症の場合は、全身管理をした上で、全身の治療が必要になります。オーバーヒートして脳を攻撃してしまう免疫自体を抑制する治療なので、その間に他のウイルスに攻撃されないよう、感染症の管理も必要になります。
インフルエンザ脳症による後遺症の障害ケア
チームとしてインフルエンザ脳症の後遺症の子供をケアをしていきます。- 医師……てんかんの治療など
- 理学療法士……歩行練習、運動訓練、日常生活への訓練、関節が硬くならないようにマッサージなど
- 言語療法士……言葉の訓練
- 臨床心理士……子供の発達への支援と両親のケア
- ケースワーカー……学校への復学など
後悔しないためのインフルエンザ脳症の予防法・対策法
インフルエンザ脳症自体は予防することが難しいのですが、お子さんがインフルエンザからインフルエンザ脳症を起こしてしまった場合、予防接種を受けていなかったことや感染対策などを振り返って後悔される親御さんは少なくありません。感染症を100%予防することは現実的には難しいのですが、できる範囲で適切な対策を行いましょう。■(当たり前ですが)インフルエンザを予防すること
手洗い、うがい、人混みを避けることはインフルエンザ三原則です。
そして、インフルエンザの予防としてワクチンの予防接種があります。生ワクチンと不活化ワクチンがあり、鼻から投与する生ワクチンは効果が高いと言われて、特に小児で効果が高いため、2023年に薬事承認され、2024年度からは2歳以上19歳未満の小児で使用されることになりました。一方、不活化ワクチンには副作用が少ないという魅力があります。現在の不活化ワクチンには、A H1N1型、A H3N2型、2種類のB型の4種類のインフルエンザウイルスが含まれています。
ワクチンの型は、毎年、少しずつ変わります。流行するタイプに近い型を予想して生ワクチンも不活化ワクチンも製造されますが、その予想が最近、非常によくあたっているようです。予防接種は効果が高い予防法であるといえます。
子供の場合は、発症予防という点では効果が低いのですが、肺炎、脳症などの合併症を防ぐ意味では、1歳以上になれば、ワクチンをした方がいいでしょう。詳しくは「インフルエンザ予防接種の基礎知識」をご覧ください。ワクチンの安全性やリスクについて不安を感じる方は、「インフルエンザワクチンの水銀・チメロサールとは」で詳しく解説しています。
■インフルエンザ感染時の解熱剤に注意すること
これは、医療者側が十分に認識しているため、患者さん側の心配は不要ですが、ボルタレン(ジクロフェナク)、ポンタール(メフェム)はインフルエンザ脳症の発症が増えたり、死亡率が高いことが報告されています。これらはインフルエンザの時には使用しないよう、注意が必要です。
アスピリンも、「ライ症候群」という、肝臓が機能しなくなったインフルエンザ脳症になってしまいますので、使用しません。基本はアセトアミノフェンが使われます。
サリチル酸を含む市販の解熱剤はインフルエンザの時に使用しないでください。解熱剤が病気を長引かせ、重症化を引き起こすリスクについては、「小児の発熱時の解熱剤は慎重に」記事をご覧ください。
普段からできる範囲でインフルエンザ対策をして、いざという時になるべく後悔することのないよう、大きな合併症も含めて予防していきましょう。
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