地域によって、家の建て方が違っていた!?
その昔、関西地方では家を建てるときに畳の大きさに合わせて家のサイズを決めていました。だから、引っ越すときには家具と畳を持っていったほど。常に畳の大きさは変わらず、部屋の大きさも同じだったようです。
これに対し、関東地方では家を建ててからそこへ畳をはめ込むという方法を取っていました。柱と柱の間の寸法を測り、そこに合うように畳を作ったものですから、柱の分だけ畳が小さくなってしまったと考えられています。この、後から畳をはめ込むという家づくりの方法は、柱寸法を規格化することで家づくりにかかるコストをダウンし、短期間で量産的に建てるために必要不可欠であったし、そのために畳を小さくしなければならなかったことも仕方がなかったのかもしれません。
また、「団地間」という、最も小さなサイズの畳は、その名の通り主に団地で使用されているのですが、集合住宅の構造上、配管を通したり断熱・遮音効果を高めるために壁を厚くする施工を施されたために、部屋の内側面積が狭くなり、それにあわせて畳も小さくなっていったと考えられます。
このような過程を経て、現在関東と関西では畳の大きさが異なってしまったのでした。
さらに別にこんなことも言われています。今のようなメジャーや定規のように正確に測れる長い測量器がなかった時代に、基準として使っていたのが6尺の棒で、その棒の長さを幕府が財政確保のために短くしたのでは、ということ。確かに、きちんとした長い定規がなければ、多少のサイズは地方によって異なってしまうかもしれないという話は頷けますね。
では、どのくらい大きさが違うのでしょう?>>>