「ハマス、総選挙で圧勝」日本がライブドア騒動報道一色の中、国際社会はこのニュースを衝撃を持って迎えました。ハマスとは果たして何なのか。PLO(パレスチナ解放機構)と何が違うのか。一問一答形式でみていきましょう。
1ページ目 【ハマスの誕生/ハマスとPLOの関係とは?】
2ページ目 【「テロ組織」ともいわれるハマスが人々の支持を集めるのは?】
3ページ目 【ハマスは、そしてイスラエル-パレスチナ問題は今後どうなる?】
【ハマスの誕生/ハマスとPLOの関係とは?】
ハマスとはどういう意味の言葉ですか?
アラビア語で「イスラム抵抗運動」のアラビア語の頭文字、これがハマスという言葉の由来です。また、この言葉はアラビア語で「情熱、熱狂」などという意味もあります。
ハマスはいつ創設されたのですか?
ガザ地区は1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領されたが、1994年からパレスチナ先行暫定自治地域に。 |
※ムスリム=イスラム教徒の意味。
イスラム原理主義とは「イスラム教の教えに忠実な生活・政治・社会をめざそう」というものでしたが、世俗主義、そしてアメリカへの接近を図るエジプト政府によってムスリム同胞団は弾圧されていきました。
その結果、第3次中東戦争からイスラエルの占領下にあったガザにおいて、ヤシン師を最高指導者としてこの組織は1987年にハマスとして独立し、現在に至っています。
このとき、パレスチナ占領区では大衆蜂起、いわゆる「インティファーダ」の波が吹き荒れていました。この波に乗って、ハマスは創設され、支持を集めていったのでした。
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PLOとハマスとの関係は?
一言で言うと、「無関係」です。PLO(パレスチナ解放機構)は、もともと「世俗主義」的な組織です。1960年代のアラブでは、イスラム主義よりも、むしろ近代化を図ることによって地位を向上させようとする動きがさかんでした。
その方向のもと作られたのがアラファト率いるPLOであり、イラクやシリアに作られたバース党であったりしました。
また、エジプトのナショナリズムを高揚させたナセル政権も、イスラム原理主義に対しては弾圧で臨んでいました。
しかし、4度の中東戦争でのアラブ諸国の敗北、エジプトのイスラエル和平、80年代のレバノン戦争におけるPLOの敗退は人々に世俗主義への支持を失わせていきました。
こうしたなか、1980年代からイスラム原理主義が台頭してくるわけですが、そのなかで台頭してきたのがハマスだったのです。
アラファト元PLO議長は晩年こそ「殉教者になる」などとイスラム主義的言動を行っていましたが、もともとPLOは世俗主義。ハマスはイスラム主義。源がまったく違うのですね。
ということはイスラエルにはPLOとハマスという2つの相手が……
PLOは世俗主義的な要素が強い。日本赤軍など極左が支援したことでもわかる。その挫折から台頭したのがイスラム原理主義であり、ハマスだった。 |
中東和平最大の問題は、パレスチナ勢力によるテロとイスラエルによる過剰報復の繰り返しにありました。イスラエルはパレスチナ側にテロ行為をやめるよう要求してきたことはいうまでもありません。
ハマスだけがテログループではありませんでしたが、多くの自爆テロ攻撃はハマスまたはハマスの影響下にある組織によるものでした。
しかし、PLO(このときは「パレスチナ暫定政府機構」でもあったのですが)、特にリーダーのアラファト議長やその主流派・ファタハはテロを抑えることができませんでした。
イスラエルは逆にアラファトはテロを黙認していると感じ、2002年、ラマラという都市にあったアラファト議長の議長府を包囲しましたが、その後もテロ活動がやむことはありませんでした。
イスラエルはハマスと交渉しないのですか?
イスラエルは、ハマスをテロ集団と決め付けているので、交渉はしない方針です。また、ハマスは「イスラエルのせん滅」ということも主張しているので、これが撤回されない限り、直接交渉は難しいでしょう。
しかし、ハマスがパレスチナ自治政府の政権を持つことになると、イスラエルもそういうことは言っていられなくなるかもしれません。
ハマスはテロ組織であり、交渉のテーブルにつくべきアクターではない、ということはアメリカも同じ方針でいます。
今後、どのようなことになっていくかは、次ページ以降で改めて考えていきたいと思います。
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