四谷怪談

「於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)」 (新宿区左門町)

江戸の浪人、民谷伊右衛門の妻 「お岩」 が毒を盛られ醜い姿に変わり果て殺された後、伊右衛門と祝言をあげたばかりのお梅は、初夜の床で・・・という 「お岩」 が祟る怨霊話ですが、これは江戸後期、四代目鶴屋南北の創作による歌舞伎の物語。

その二百年ほど前、江戸初期に実在した徳川家御家人田宮又左衛門の娘 「お岩」 さんは美人で、養子伊右衛門の貞淑な妻。信仰によって田宮家を再興した 「お岩」 さんにあやかろうと江戸の人々が集まるようになり、田宮家の敷地内に造られたのが 「お岩稲荷」 のようです。

左門町の閑静な住宅街にある 「お岩稲荷」 は、もちろん怨霊とは無関係ですが、四谷怪談を演じる役者は皆、上演前に参拝するようになったとのこと。勝手に怨霊に仕立て上げられたことを 「お岩」 さんが恨んでいるのかもしれません。


番町皿屋敷
「帯坂」 (千代田区五番町・九段南四丁目間)

江戸番町に屋敷を構える青山主膳の奥女中に迎えられた 「お菊」 が、家宝の南京絵皿10枚揃いのうち1枚を割ったと濡れ衣を着せられ、殺されてしまいます。その 「お菊」 が髪を振り乱し、帯を引きずりながら走ったというのが、青山家屋敷前のこの坂。1740年2月、お菊さん享年24歳。

しかし、濡れ衣という話、実際に割ってしまったという話、恋仲だった主膳の気を引くためにわざと割ったという話などいろいろあるようです。また斬り殺されたという話から、井戸に投げ込まれたという話、折檻を受けて井戸に投身したという話まで、その死に方もいろいろ。有名なのは岡本綺堂による物語のようです。

ところが番町以前に 「播州 (姫路) 皿屋敷」 というのがあって、こちらも皿が無くなったことを理由に 「お菊」 さんが青山家の者に殺されます。また尼崎でも 「お菊」 さんが青山家の家臣に殺されているようです。

江戸と播州などの青山家で3度も殺された 「お菊」 さんは、さぞや怨めしいことと思います。


平将門
「将門の首塚」 (千代田区大手町)

平安中期に勢力を誇った平将門は、父の遺領問題などを機に反乱を起こし、常陸・上野・下野などを攻略しました。平貞盛、藤原秀郷らに敗れて憤死した将門は、京都四条河原で晒し首になるものの、3日後にその首は白光を放ち、東国の地にまで飛んで来たとのことです。その途中、力尽きて首が落ちたのが武蔵国のこの地だとのこと。

以来、首塚を動かしたり潰そうとすると必ず祟りがあるとされるほか、周辺の企業では机の配置にも気をつけているのだとか。


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