シンガポールに限りなく近く、日本人の口にも合う味を蒸しゆでした丸鶏を香味野菜、パンダンリーフなどを加えた鶏スープで炊き上げたご飯にのせて食べる「海南鶏飯(ハイナンチーファン)」。「シンガポール海南鶏飯」を立ち上げた人物は、台湾人のコック出身のかたである。その脇を固めるのは、シンガポール人とインドネシア人。社長をはじめ、彼らはみな華僑だという。海南鶏飯は、海南島出身の華僑が、シンガポールをはじめ、マレーシア、ベトナム、タイなどに渡り、その味を広めたといわれていることもあるのだろうか、彼らの海南鶏飯に対する想いは並々ならぬものがあった。もともと調味料(ソース)の輸入総代理店をしていた台湾出身の社長は、シンガポールで親しまれている料理を安定したかたちで、しかも“シンガポールに限りなく近い味”で日本に広めたいと思い、シンガポールでソースを扱う食品会社と契約。当時から営んでいる台湾料理店で、そのソースを使った料理を試しに出したところ、これが評判となり、水道橋に「シンガポール海南鶏飯」をオープンさせるに至ったのだという。当時、水道橋の店長をしていた櫔原さんが、シンガポール駐在経験者に注目した話は先程述べたとおりだが、最初はとにかく彼らに食べてもらい、多くの感想を求めたという。その結果はかなり厳しいものだったそうだが、彼らの言葉ひとつひとつを真摯に受け止め、日々精進した。試行錯誤の過程では、海南鶏飯の要となる鶏肉のジューシーさを追求するがゆえ、鶏肉をロール状にして火を通し、スライスして提供したこともあるという(この調理法は台湾料理からヒントを得たそうだ)。切磋琢磨の末、納得のいく味ができあがったわけだが、現在「シンガポール海南鶏飯」の料理をひとことで表現するならば、“本格的でありながらも、日本人に受け入れやすいよう若干アレンジを施した味”といった印象だろうか。「海南鶏飯のソースのひとつ、生姜ダレですが、シンガポールでは生姜しか加えないところを、ウチの店では広東式に長ネギを加えています。日本の長ネギは甘みがあっておいしいですから、味に広がりがでますよ。」と櫔原さん。確かに、シンガポールでは生姜がビシッときいた爽やかでキレのある味。に比べて、ここのネギジンジャーソースは香りが深く丸みのある味。同店のオリジナルではあるものの、食べて素直においしい!との言葉がもれるほどの味わいで、シャキシャキとした食感が小気味よく、しっとりとした鶏肉を引き立てている。シンガポールでの味を日本でそのまま再現しようと思っても、日本とシンガポールでは生姜の種類が違うし、他諸々の問題がでてきて難しい。私はこのネギジンジャーソースを存分に楽しむことができた。空芯菜を海老のピリ辛味噌で炒めた「チリカンコン」ソースは他に、ブラック・ソイ・ソースがあり、こちらは直輸入。チリソースはネギジンジャーソースと同様に、広東式に酢を加えているとか。なるほど、だからここのチリソースはまろやかだったのね。さらにはチリソースに使う唐辛子も数種類ブレンドしているという…。シンガポール海南鶏飯の料理には、日本の素材のよさを生かしつつ、まろやかで深い味を演出する秘密がそこかしこに隠されていた。この店独自のおいしい秘密を宝探しのように探しあてていくのも、とても楽しそうだなぁ。ふとそんなことを思ってしまった。「ポリシーとして、シンガポールに近いものを出す。でも、日本人の口に合うものを。」と話す櫔原さんは、さらにこんなこともおっしゃっていた。「ウチのお店の料理を食べて、シンガポールに行きたい!と思っていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。シンガポールで食べたほうがもっと美味しいですし、雰囲気も楽しいですから。」この店はあくまでもシンガポールへ導くためのアプローチというわけだ。前のページへ123次のページへ