極上の一杯、ねじまき珈琲
もしも個人的に東京で好きなカフェを3つ挙げるとしたら、必ずこのお店を入れるに違いありません。小さな珈琲店「ねじまき雲」を大切に愛している人々のことを「ネジマキスト」と称しますが、私もネジマキストのひとりです。
店主が自家焙煎して丹念にドリップするコーヒーの極上の深い味わい。古道具を集めた空間のあちこちにころがっている小さな錆びたねじ。訪れる人々が思い思いに加えてきた少し不思議なモノたち。そしてそれらに、ちょっとだけ意外なスパイスが混じっていること。心を強くとらえるものばかりです。
ねじまき雲の素晴らしさを伝えたいと私をお店に案内してくれた人は、ことに夕方の時間がいいのだと言いました。
「店内が静かで、本を読んでいると、壁にかかっている柱時計のカチコチいう音が聞こえてくる。それを聴いているうちに心が満たされるんです」
その人はひょっとしたら、わざわざ夕暮れどきの時間を選んでここに連れてきてくれたのかもしれません。私はねじまき雲が最も美しい時間帯に足を踏み入れました。マジックアワー。映画や写真を撮る人なら知っている、太陽が沈んだあとの残照が夕空にひろがり、画面が独特の色調に染まる時間帯です。
マジックアワーのねじまき雲には空気中に青い粒子が漂い、ペレットストーブの暖気やコーヒーの良い香りと混じり合っています。しばらくその香りを楽しんでいるうちに、耳につかなかった柱時計の音がはっきりと響いてきて、夕闇が濃くなるにつれ青い粒子は淡い蜜柑色の光へと変わっていきました。