時間をかけて<道具>を慈しむ
ぎっしり積まれた薪の前には、オレンジ色のシトロエンが停まっていました。愛嬌のある丸いフォルム。ドアの下部には「Coffee」の文字、リアウィンドウには森彦のロゴ。機嫌の良い時にはエンジンが鼻唄を歌い出しそうな、なんともチャーミングな表情を持つ車です。「月に数回、コーヒーの配達をする時に使う配達車です」
と、オーナーの市川草介さん。
「50年ほど前に作られた車ですから、ちょうど森彦の建物と同じくらいの年数を経ているのです」
もちろん、古い車の手入れは大変。お蕎麦屋さんに入り、蕎麦を一杯食べて出てきたらエンスト、などという事態は珍しくないそう。しかし、古いものを愛してきたご両親のもとで育った市川さんは、ごく自然に古い道具たちの良さを理解し大切に扱うようになりました。
「ボタンをひとつ押すだけの<機械>ではなく、長い時間をかけてつきあううちに、だんだんにわかってくる<道具>が好きなのです」
そんな市川さんの考えは店内のディテールにも、深い奥行きのあるコーヒーの味にもあらわれていました。たまたまそこに古いものがあったからそのまま使うという大雑把さではなく、あえて古いものを吟味して選び取り、自分を道具の性質に、道具を自分の性質になじませていった洗練。