坂道散歩の途中で出会った一軒家
古くから作家や詩人たちに愛されてきた尾道。狭い坂道には志賀直哉の旧居が残り、林芙美子ら尾道ゆかりの作家の遺品を集めた「文学記念室」や、幾つもの小さな美術館が点在しています。日傘をさして迷路のような石畳の階段をのぼりおりしながら、それらのこじんまりした名所をのぞいているうちに、たっぷりと濃い緑に覆われた一軒家を見つけました。木陰には涼やかな風が吹いています。入り口に立つ「躾のできていないお客さまはお断りします」の看板を横目に見ながら、そっと扉を開けてみました。
1ヶ月に1度、満月の夜だけともされる蝋燭
にこやかで礼儀正しいマネージャーに迎え入れられた店内は、どこか浮世離れした別世界。幻想の森に迷い込み、偶然に美しい屋敷に足を踏み入れたような錯覚に陥りそうです。シックな色調のアンティーク家具。教会に置かれていたであろう木の椅子。全てのコーナーで目にする無数のフクロウの置物たち。あちこちに、溶けたロウが幾重にもつたう燭台が置かれています。
「そのロウソクは1ヶ月に1度、満月の夜だけ火をつけるんです」
マネージャーが教えてくれました。
「9年の間、そうして火をともしてきましたから、9年分のロウが垂れて重なっています。この場所はもともと、満月の夜だけオープンする会員制のワインバーでした」
急な坂道からオーナーが現れて…
――フクロウがたくさんあるのはなぜですか?「オーナーが子どもの頃から集めてきたものです。窓から楠の大木が見えるでしょう? あの樹には本物のフクロウが住んでいて、夜になると鳴き声が聞えますよ。雨が降る前は鳴かないんです。昨晩はよく鳴いていました」
この空間がワインバーに変身する満月の夜にも、フクロウの声は響いているのでしょう。いったいどんな風雅な人物がこの館の主?
緑濃い梢ごしに尾道の海を見はるかすように設けられた窓辺のカウンター席に座っていると、窓下の坂道を悠然と上がってくる男性の姿が目に入りました。男性はこの館の1階テラスに寝そべっていた犬に声をかけ、頭をなでています。ボルゾイの喜びようから、男性が主人であることがわかりました。
▼オーナー園山春二氏にお話をうかがいました。