「このビーズを見て」。ブロックストリングの検査をする野澤康さん |
そのために眼球運動のトレーニングを取り入れるのだ、と。
なぜなら、「周辺視を使うことは、考えずに正確に身体を動かすことにつながるから」だという。
周辺視は考えずに正確に動くためのもの
「考えずに正確に動作するって大変だと思うでしょう? でも日常的にやっているんですよ。たとえば、ごはんを食べるときに、箸の動かしかたなんか、いちいち考えていませんよね。自転車に乗るときだって、ハンドルの握りかたとか考えずに、ぱっとまたがって漕いでいくでしょ。もちろん最初は意識しないとできませんけど、いったん身につけば、考えなくても正確に動作できるんです」それは卓球の技術にも当てはまるという。
自分がものにした技術であれば、いちいち打ち方を考えなくとも、正確に身体が動く──はずだ。
「そこなんですよね、スポーツの難しいところは。人間って、考えちゃうんで」と野澤さんは言う。
「相手の球を見るだけにして、意識は封じ込めておけばいいのに、『さっき、どうしてあのレシーブを失敗したんだろう』というようなことが、頭の片隅に残っているんです。すると、無意識のうちにそれを考えながらプレーしちゃうんです」
別に「さっき」にこだわらず、前のセットでとか、昨日の試合でとか、1ヵ月前の大会で……などとしてもいいだろう。
無意識のうちに「ミスしたところ」が気になってしまう。
すると、ある一定の範囲を自然にとらえられなくなる。
「そこ」しか見えない状態になる。
それは「読む」とか「ヤマをはる」のとは、まったく次元が異なる。
すなわち視野狭窄の状態に陥るというわけだ。
そして、ひょっとすると、この視野狭窄の状態をわざわざ好んで作り上げようとしているのが「動体視力」だといえるのかもしれない。
動体視力は鍛えてはいけないもの
「動体視力は目のトレーニングに対して足かせっていうか、むしろ鍛えちゃいけないものだと思うんです。見て認識することでしょ。そんなの役に立つわけないし」と野澤さんは言い切る。そして、「たとえば……」と野澤さんは僕に言って、近くにあったポスターを指し示した。
「そこの中心に文字が書いてありますね。なんて書いてあるのか理解しようとしながら見てください」
僕は目を近づけ、書いてある文字を読もうとした。すると……。