その経験、その年齢を考えると、今回の全日本のMVPは水谷隼(じゅん)だといっていいだろう。

日本卓球協会の「英才教育プロジェクト」によって、昨年9月ドイツに渡り、マリオ・アミズィッチの指導を受けはじめた14歳は、ジュニア部門で並みいる高校生たちを撃破して優勝。これまで突破できなかった「学年の壁」をあっさりと越えた。

そればかりではない。圧巻だったのは一般のシングルスである。4回戦で世界選手権団体メンバーの田崎俊雄(協和発酵)にストレート勝ちし、ランク決定戦では実力者の渡辺将人(シチズン時計)を破って、堂々のベスト16入り。いま最も充実している新井周(グランプリ)には敗れたものの、「強かったですね。途中からは14歳とは思わずに、対等に試合しました」と言わしめた。

もっとも、卓球関係者の「期待度」の大きさからすれば、今回の快挙もさほど驚くべきことではないかもしれない。海外のコーチの中には、「ワルドナー以来の逸材」と絶賛するコーチもいるというほど、誰もがうらやむようなセンス抜群のプレーをする。相手のボールに対する瞬発的な鋭い反応。しなやかなボールタッチ。いくらラリーが続いても崩れることのない身体バランス。いわゆる努力だけでは身につけるのが困難な要素を備えているのだ。

それゆえ、サッカーやソフトボール、バスケットボールなど、球技ならなんでも得意だという。出身は静岡の磐田市。Jリーガーを目指していても不思議ではなかった。それでも卓球にかけようと思ったのは、「最初にはじめたのが卓球で、たまたま一番はじめの全日本のときに結果が出たから」だという。

両親の影響により5歳から卓球をはじめたこと、小学1年生のときに出場した全日本選手権バンビの部(小学2年生以下)で2位になったことが、天性の才能をもった少年を卓球の世界に導くことになった。

小学2年生からは父親の運転する車で連れられ、「ヤマハクラブ」で練習するようになったが、練習するのは週4日、しかも1日あたり1時間半ていど。スポーツ万能の少年にありがちなように、「卓球一色」の生活は好きではないという彼にとって、「ほどよい練習」は卓球を継続するうえでの大きな要因だったかもしれない。

それにしても、わずかそれだけの練習で、バンビ、カブ(4年以下)、ホープス(6年以下)の各部で、最上級生のときには優勝しているのだから驚きだ。

昨年9月、静岡の城山中から青森山田中に転校し、現在はデュッセルドルフで坂本竜介、岸川聖也、村守実とともに共同生活を送る。練習はほぼ毎日、午前と午後2時間ずつに増えた。豊かな才能に恵まれたとはいえ、上級生のいるトーナメントでは勝てなかった少年が、ドイツに渡って4ヵ月にして、高校生のいるジュニアを制したばかりか、一般の選手をも蒼ざめさせたのだ。練習時間が潜在能力を引き出したのかもしれない。

青森山田の吉田安夫総監督はいう。

「14歳でしょう。いまは基本的なことだけを一生懸命やっているというのが正直なところで、あと2、3年は基礎体力をしっかりつけて、安定性にプラスして威力のある球を連続して打てるようにするというのが当面の目標じゃないかと」

磨かれはじめた原石が煌めきだした。

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