前略 斎藤清様 全日本選手権での通算90勝の達成、おめでとうございます。前回、伊藤和子さんが達成した100勝が、ようやく現実的な目標としてみえてきたというところでしょうか。
斎藤さんが2年ぶりに全日本選手権に出場すると聞いて、「また、あのプレーが見られる」といううれしさの半面、ほんとうに出るのか、出てこられるのか、コートに姿を現すまで信じ切れなかったのも事実です。昨年12月23日、わずか3週間前に奥様のよし子さんを亡くされたばかりだったのですから。
斎藤よし子さん。いや、旧姓をとって嶋内よし子選手といったほうが、昔ながらの卓球ファンにはなじみのあるお名前でしょうね。昭和53年、56年と2回全日本チャンピオンになり、57、58年には斎藤さんと組んでミックスダブルスを連覇した強豪選手で、ペンホルダー速攻型のお手本として、その切れ味のあるプレーを参考にしたことを思い出します。
3年ほど前に体調を崩し、去年の春ごろから状態が思わしくなかったとお聞きしました。斎藤さんと親しい方によれば、「去年の夏ごろ、清が『ダメかもしれない』と漏らした」というので、あるていどの覚悟はできていたのかもしれません。
この日の朝、よし子さんの遺影に語りかけたとおっしゃいました。しかし、その言葉は、がんばってくるよという意気込みや、必ず90勝を達成してくるからというような誓いではなく、「一緒に、全日本を見にいこう」だったそうですね。
「卓球、好きでしたからね。試合の勝ち負けは関係ないんで、一緒に見にいこう、と。どこかに来ていると思いますよ」
そういって、スタンドを見渡す斎藤さんを見たとき、不意に涙がこぼれそうになりました。
よし子さんが「見守る」初戦、高校生を相手に快勝。近年は、夏の全国教職員大会の前にちょっと練習をするだけで、それ以外はラケットすら握らないそうですが、いともあっさりと90勝を達成されました。ただし、斎藤さんはご不満のようでした。
「ただ勝ちにいってる、点を取りにいっている卓球ですので、もうちょっと歯切れのいい卓球ができたらな、と。自分としては足を動かしていいボールで抜きたいんですけど」
その言葉どおり、2試合目は大学生を相手にセットオール・ジュースで負けてしまいましたが、「足を動かしていいボールで抜く卓球」を意識していたのがはっきりとわかりました。全盛期の1割にも満たないとおっしゃっていましたが、狙いを定めて自分の流れに引き込んだときの「確実性」は、いまのトップクラスの選手にもちょっと真似のできない凄みがありました。
そう、私が斎藤さんのプレーを楽しみにしているのは、確固とした「型」があるからなのです。