「ヨシダさん」の名前は「吉田亮」という。お手製の名刺には「システムエンジニアリング」という有限会社の名が刷り込まれている。裏には、「各種専用機械、設計、製作」とある。社長兼製作担当兼雑用係。やっぱり町工場のおっちゃんだったわけだ。
ところで小田と吉田、少しまぎらわしい。小田は小田でいいとして、ヨシダさんは「吉田さん」というキャラクターではないし、人生の大先輩に対して「ヨシダさん」と記すのもためらわれる。ここはひとつ、「亮さん」と記すことにしよう。たぶん許してくれる気がする。亮さんは、そんな方である。
さて、亮さん、高校、大学と卓球部に入っていたという。仕事を始めてからラケットを握る機会はなかったが、2年ほど前、実に30数年ぶりに卓球を再開した。50代半ばに差し掛かり、健康が気になりだしたからだ。
同時に、インターネットなどで卓球の情報を集めるようにもなった。それで「たっきゅん」のホームページを見つけたという。サイト内を見て回っていたところ、あるページの片隅に「ビジネスパートナー募集」という一文があった。クリックしても、なにも出てこない。どんな仕事をしたいのか、どんなパートナーを求めているのか、さっぱりわからなかったという。
それだけで載せるほうもなんだが、しかし、応募したほうも只者ではない。
「いやね、仕事になるという期待はしていなかったんです。考えるのが好きなもんですから。考えるきっかけを与えてくれる仕事はないものかと、いつもインターネットで探しておりまして。卓球の情報を探していたら、たまたま目にしたので、なにか一緒に仕事ができればいいですね、と簡単なメールを送っただけなんです」
考えるのが好きだという。なるほど昭和21年生まれである。ちなみに亮さんは国立大学の工学部を出たインテリだ。「紗張機(しゃばりき)」という機械を開発したこともある。Tシャツなどに文字や絵柄をプリントする場合、生地にスクリーンというものを張りつけるのだが、その張りつけ作業をする機械を開発したわけだ。これによって均質にプリントされた商品の供給が可能になったという。
亮さんの「簡単メール」に対して、小田はすぐに返事を出した。温めていたアイデアのいくつかを提案した。そのなかのひとつが、ラバーカッターだったというわけだ。小田はいう。
「ラバーをはるサービスをしている小売店がけっこう多いんです。店員さんのなかにはハサミダコができてる人もいて。ラバーをもっと簡単に切る方法はないかな、と」
小田の提案を、亮さんは快諾した。去年の暮れ、ラバーカッターの開発が始まった。