中国選手の多くが熱心に練習しているように見受けられなかったのは、飛んできたボールを漠然と打ち返しているという散漫な印象を拭いきれなかったからだ。少なくとも私には、彼らの練習から「明確なテーマ」をつかみとることができなかった。
例外が、林菱であり、男子シングルスの準々決勝を控えた孔令輝だった。林菱の練習がツブ高ラバーから繰り出されるナックルボールをドライブで攻略するという一点に集約されていたように、孔令輝の練習もまたレシーブからの展開を徹底的に繰り返すことにすべてが費やされていた。
この日、10時からはじまった男子シングルスの準々決勝に残ったのは、孔令輝をはじめ王励勤、劉国梁、馬琳、劉国正の5人の中国勢と、韓国の金擇洙、チャイニーズ・タイペイの蒋澎龍、そしてベラルーシのサムソノフだった。
第1試合では世界ランキング1位の王励勤が金擇洙に勝ち、第2試合では前回チャンピオンの劉国梁が蒋澎龍に負けた。準決勝の一方のカードが決まり、第3試合の馬琳と劉国正の「同士討ち」がはじまるまえに観客席を立った私は、プレスセンターに戻って一息ついたあと、練習会場に向かった。
とりたてて目的があったわけではない。2日前に取材に訪れ、偶然にも武田明子、川越真由の練習を眼にしてからというもの、練習会場に立ち寄るのがなかば習慣と化していたにすぎなかった。無意識のうちに練習会場に足を踏み入れ、気がつくと練習をぼんやりと眺めているということもしばしばあったほどだ。
自然と足を運んでしまう理由はよくわからなかったが、そこには何かがある、という「勘」のようなものが微かに刺激されるのを感じていたのは確かだった。そして、目的もなく向かった練習会場で孔令輝の練習に遭遇したことによって、あてのない勘が、ゆるぎのない確信へと変わったのである。