“YouTube閲覧数世界一”のアマチュア格闘家



岩倉豪
あえて陽の射さないアングラシーンで独自の活動を展開してきた岩倉氏。だが時代の要請が今彼を地表に押し出そうとしている。
「岩倉豪」という格闘家を聞いて、その名を知っているとしたら、その人は相当の格闘技マニアであると思う。いや、マニアを超えて、一種の“事情通”とすら呼べるかもしれない。

彼はプロ格闘家ではないし、アマチュアとしても決して輝かしい戦績を残した選手ではない。彼の格闘遍歴については後に詳述するつもりだが、多くの道場と競技を渡り歩いた、いわゆる“放浪する格闘家”である。戦績としては空手家時代に正道会館の新人戦で準優勝、現在修める柔術でも青帯地代にいくつかの大会で優勝したという記録があるぐらいで、現役選手としての成果は決して大きくはない。

現在は、主に指導者として名古屋に設立された「フリースタイル・アカデミー・ジャパン」で後進の指導に当たっているが、その生徒たちの大半は今や“派遣切り”の騒動で何かと話題になるトヨタ系の工場で働く日系ブラジル人。彼の特異な経歴もあって、今彼に教えを請う日本人選手はほとんど居ない状態なのだ。いわば今の格闘技界にあって、もっともファンの目に触れにくいアンダーグラウンドシーンの住人と言えるだろう。だが、その格闘技遍歴のなかで作り出してきた特異な経歴と、その結果として積み上げられた技術体系は、彼の教え子たちを通じて今不気味に“表”格闘技界への侵攻を始めつつある。


そんな彼が、ネットを中心としたアングラ層にその存在を知られるようになったのは、2006年11月26日。この日いわゆる野試合的“ある決闘”を行って以来のことである。このときの映像は、YouTubeをはじめとする動画共有サイトを通じて世界に公開され、11月28日には同サイトでその日1日に最も視聴率の高かったMost Viwed(Today)の1位となったという。

戦いの舞台は、北海道の総合体育館「きたえ~る」の武道場。いわゆる一般市民が使用するスポーツ施設であり、試合とはいうもののアマチュア2人が入場料も取らずに戦うだけの話。だが、後に詳述する事情でインターネットを通じて集まった物見高い観客が地元のみならず全国から押し寄せ、500人にものぼった。会場に入りきれない人間が数百人単位で出たというから、下手なプロ興業をもしのぎかねない注目度であったことがこの数字からも見て取れる。

この決闘が、仮にも“世界一”注目を集めた理由は対戦相手にある。その名は柳龍拳。地元北海道で「大東流合気道」という合気道系の一流派を主催する、齢65歳(当時)になる古流武術家であった。普通なら現役をとっくに退いていなければならない年令の老人が、35歳(当時)の岩倉と拳を交えるように到ったのには、相応の理由がある。

地下格闘技の帝王、地上侵攻作戦開始!? (2)に続く

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