なぜ新興イベントは成功しないのか?

ご存じのように、近年アメリカではUFCの爆発的ブームを受けて、大型格闘技イベントの旗揚げが非常に盛んだ。この数年で、Strikeforce、IFL、Erite XC、Bodog、Affrictionなど、次々に新興イベントが産まれ、そして消えていった。だが今のところ、UFCの牙城を脅かすような存在は一つも産まれていない。こうした“二匹目のドジョウ”を狙う動きが顕著化した直後、“追われる立場”となったZuffa社ダナ・ホワイト社長は、メディアに対して「あんなものはただのジョークだ」とせせら笑って見せた(ただしこの台詞は、感情を害された対象に対する彼の口癖であり、時に関係が微妙なK-1へ、時に契約が結べなかったヒョードルへとぽんぽん投げつけられる常套句でもある。)。
 
実際、各団体の消長を見る限り、ダナの投げやりな“市場分析”があっさり的を射てしまっている。

今やUFCは、全盛期のチンギス・ハーンか、スターリン時代のソビエト連邦以上の一極集中的権勢を誇る存在である。平均PPV購買数50万件をキープ、話題になるイベントでは100万件をも超え、数万人規模の会場が常にフルハウス状態を続けている。PRIDEが消滅した今、世界トップイベントの地位は微動だにしない----他業界で言えばマイクロソフト、コカコーラ、トヨタ的存在であり、市場ナンバーワンのシェアを作り出してしまった企業の支配率を覆すのは並大抵のことではない。大衆は一度すり込まれた“ナンバーワンブランド”に対して、盲目的な崇拝心を抱いてしまうからだ。もちろんそうしたデファクトスタンダード的トップが力を失うのは、ナンバーツーの同業種の追い上げによってではなく、今回の世界同時不況のような不測の事態によって、その市場自体が力を失うときでしかない。

一種の“帝国”と化したUFCの威光に刃向かうべく立ち上がった新興イベントだが、彼らが最も輝かしい光を放つのは、皮肉なことに旗揚げ戦のゴングが鳴る前だ。団体スタートのニュースが報じられる度に、選手スカウトの驚くべき数字がネットを飛び交い始める。元チャンピオンの誰某に何千万の契約金が支払われた、あるいは何試合契約で合計億を超えるギャラが設定された等々…およそ本来の選手のバリューと不釣り合いな法外な数字がニュースとして飛び交うようになる。しかし、それは一瞬の流れ星だ。

イベント自体の魅力は開幕戦のラインナップが揃った辺りで、ファンの厳しい値踏みに晒され、急速に光を失い、旗揚げ試合の終了と同時に、世界中のネット掲示板でハゲタカに集られた行き倒れの死体のようにボロボロにつつき回される。むろん中にはキンボス・ライスやエディ・アルバレスのようにノーマークのローカル・ファイター状態から、試合自体の魅力で看板スターにのしあがってくる選手も現れるが、当初のニュースを飾った豪華なメンバーは大体がギャラと釣り合わない“安い試合”を残して、団体を期待されたのとは逆方向に牽引してしまう。必ずしも彼らが悪いのではないが、無駄に引き上げられたハードルと持ちつけない現金が、選手のパフォーマンスを引き下げてしまうのだ。