藤松の“新しい組み手”に見た不安要素

さて、競技フィールドに目を移そう。
大会前の僕個人の心づもりでは、勝敗の如何に関わらず、頭部の負傷を克服し、一年半ぶりに現役復帰を果たした、エース藤松の復活を手放しで絶賛したいと考えていた。だが、実際の試合内容を見て、その考えは保留せざるをえなくなった。

結果としては、藤松の圧倒的な独走で終わったのだが、今回の彼の試合運びは、“巧妙”で“よく考えられたもの”ではあったが、けっして“強さ”を発揮したものではなかったからだ。これが「空道」のチャンピオンとして理想的な試合であったと称揚するには、やはりためらいが残る。

試合内容はほとんど危なげなかったし、優勝という結果は文句なしといってもいい。だが、どうしても絶賛する気にはなれない。ただ、「藤松が復帰しました、勝ちました」という表面をなぞってもこの大会をレポートした事にはならないと思うからだ。

まず、何よりこの大会には“競争”がなかった。
いや言葉を変えよう。
“凌ぎ合い”が無かったのだ。

2001年の世界大会以降、山崎、長田、清水ら現役トップ組に対し、彼らを脅かす外的要因が現れ、それを克服するための戦いが北斗旗の軸となってきた。

あのセーム・シュルトを彷彿とさせる、空柔拳会館アレクサンダー・ロバーツが侵攻してきた無差別。あるいは長田、コノネンコといった歴戦の勇士が現役組を脅かした体力別。いずれも火の出るような意地のぶつかり合いが繰り広げられ、イデオロギー闘争ともいうべき戦いが繰り広げられた。

だが、この大会にはそれがなかった。
「この戦いが空道である」「北斗旗は渡さない」
そんな気持ちのぶつかり合いがどこにも見られなかったからだ。

「藤松は自分の組み手を工夫してきていたし、それは褒めたいと思う。しかしその藤松を追い込めなかった他の選手は問題だと思う。」という東塾長の大会後の講評の言葉があった。字義どおりに受け止めれば、“復帰したばかりの藤松に独走させるようではダメだろう“という解釈になるが、実際の東塾長の憂慮はさらに深い部分にある。