先週、Boutreview編集部に、一通のFaxが入った。
通信元は全日本キック連盟。

全日本キックでは、サムゴー・ギャットモンテープ選手への挑戦者を募集します。

サムゴー選手は昨年9月に初来日し小林聡(藤原)をKOして、衝撃の日本デビュー。その後も、必殺の左ミドルキックを武器に、今年2月に金沢久幸(TEAM-1)、7月にエンバイエ・アブドゥライエ(フランス)をKOで破っています。
しかしながら、現在はその強さゆえ対戦を名乗り出る日本人選手がおらず、なかなか日本で試合を組みづらい状況にあります。そこで、団体・所属にかかわらず、「我こそは」と思う国内ライト級日本人選手は、ぜひ全日本キックへご連絡ください。

■応募方法
全日本キックへ郵便もしくはメールでお申し込みください。電話でのお申し込みはお断りします。
郵便:〒169-0074 東京都新宿区北新宿1-6-21 全日本キック
メール:info@aj-kick.com

■基準
キックルール、62kg~63kgで試合可能な日本人格闘技選手

■試合時期
最速で2004年1月4日(日)後楽園ホール大会となります



本来なら11月23日の後楽園大会に出場予定だったサムゴー・ギャットモンテープの、欠場発表のリリースに添えられたものであった。

“強すぎて闘う相手が居ない”というのもなんとも人を食った欠場理由だが、ここ一年のサムゴーの活躍を思えば、その言葉が大げさでもなんでもないことはよくわかる。

では、一体サムゴーとはどんな選手なのだろう?
これだけキックボクシングの盛んな日本とはいえ、具体的にタイの選手の情報を探すとなると、これというものがなかなか無い。サムゴーほどの強豪にしても、マスコミの紹介記事は、せいぜい試合レポートに来日時のちょっとしたインタビュウ程度。なかなかその全貌はつかめない。

だが、インターネットを探してみると「A PRIVATE AFFAIR」というページがみつかった。現地でのサムゴーのリラックスした姿、また、当時の所属ジムの代表で、サムゴーにとってはかつての対戦相手にして、兄とも慕うセンティアンノーイ会長との交流の様子、ルンピニーでの最近の戦績、そして初来日前後の発言など、非常に貴重なデータが紹介されている。ただ、ムエタイと選手を紹介するに留まらず、タイの風物や食事、あるいはまず日本では公開されることもなさそうな現地の映画紹介や、ムエタイ雑誌などと多岐に渡るタイ情報が掲載されていて、非常に参考になった(サムゴー個人に関する情報は、ほとんどといっていいほどこのサイトを参考にさせていただいたものである。当初この記事を発表した段階で、参照ページとしてリンクするといったきちんとした対応ができていなかったにもかかわらず、逆に現在のサムゴーのタイトルに関する最新情報をくださるなど、管理人さんには非常にお世話になりました。ここに明記して、お礼としたいと思います)

サムゴー・ギャットモンテープ

1975年4月2日生と言うから今年28歳。身長171センチ、体重66キロ。タイの二大メッカの一つルンピニースタジアムをベースとし、戴冠歴としてはジュニアフェザー級&ジュニアライト級王者、タイ・プロムエタイ協会ライト級王者などがある。現在、日本を主戦場としているため、保持していたJライト級は期限内に防衛戦を行わなかったということで剥奪され、無冠となっている。以前も同じ理由で、タイ国ライト級王座を剥奪される憂き目に遭っているのだが、こちらに至っては、サムゴーのあまりの強さに対戦相手のキャンセルが相次ぎ、最後には挑戦者が見つからなかったために防衛期間が過ぎてしまったという。タイでも、日本でも対戦相手が見つからないというこの状況は、サムゴーのべらぼうな強さの一つの証明かもしれない。

トランクスには印象的なトレードマークの「バットマン」。これはアメリカンコミックスのバットマンを愛するゆえとも言われるが、実は夜遊びが大好きで、ふらふらと夜の街を徘徊するその姿を揶揄して雑誌記者がつけたあだ名だとも言う。

事実、2000年前後までは、だらだら蹴っては逃げ、蹴っては逃げる悪しきムエタイスタイル(タイでは試合が賭けの対象になるため、序盤からラッシュを掛けたりしない選手が多いといわれる。)の選手で、勝率こそよかったものの、後半になると夜遊びが祟ってスタミナ切れを起こすこともしばしばだったという。転機となったのは、かつてのライバルで引退後ジムを開いた名選手センティアンノーイの元に移ってからだった。

センティアンノーイは既に100戦をこなしベテランの域に入りつつあったサムゴーのファイトスタイルを徹底的に徹底的に改造し、強烈な左ミドルを武器にKOの山を築くファイタータイプに生まれ変わらせたのだった。