一瞬の技の交錯の影に
試合直後のランペイジの額の中央には大きな切り傷が刻まれていた。フィニッシュとなった最後のパワーボムが繰りだされる直前まで、そこには何の傷もなかったはずなのに、である。
と書けば勘の鋭い読者の方なら、すぐ事情はお分かりになったのではないだろうか。
ランペイジが苦し紛れに繰りだしたパワーボムは、着地の瞬間に勢いあまってヘッドバットになってしまったのだ。下になったアローナの顔面にランペイジの額が突っ込んでくることになり、あの失神状態を生んだのであった。
会場でもビデオ再生された、マットへのインパクトの前後の映像を見ると判るが、アローナはマットに叩き付けられた瞬間、上手くマットを叩いて肩口からの受け身を取っているのである。いわばこの返しのパターンもアローナにとっては研究済みであったことが、この対処でよく判る。通常このパターンでは、受け身さえとって置けば、逆にたたき付けられた瞬間に三角締めをより深く極める事が出来るので、逆に投げられる方もチャンスと捕らえる場合が多いのである。
奇しくもこの大会のメインであるヒョードルvsランデルマン戦でも、ヒョードルが頭からマットに突き刺さるような急角度の投げを受け身で凌いでみせたシーンがあった。このシーンでも一瞬完ぺきな投げにヒョードルのノックアウトを予測したファンが多かったのではなかっただろうか。それほどランデルマンの投げは危険であったのだが、柔道で鍛え抜かれたヒョードルの受け身はその衝撃すら殺す完ぺきな物だったのである。
かつて、総合の概念を佐山聡は「打・投・極」の三つの技術の合体したものと表現したことがある。しかし、一発で勝負を決めてしまえる「打」や「極」にくらべて、現代の総合格闘技のシーンにおける「投」は、フィニッシュ技術として影が薄い。その原因は明白だ。総合格闘技の基礎技術である、柔道やアマレスリングには「投げられても怪我をしない」ための受け身の技術があり、それらを経由してきた選手に「投」で勝つ事は至難の技となってしまっているのである。
(後編に続く)