それでも“敗者復活戦”を望む理由
マイケルには現在、格闘家の他にもう一つの顔がある。
構成メンバーが全てハーフという異色のラップクルー“Double Dogz Crew”のリーダーとしての顔だ。コンテストでの入賞経験もあり、サッカー引退後のそちらでの活動は順調だと言う。商業的成功の多寡を問うという意味では競争がないわけではないが、音楽の世界にはスポーツ的な意味での直接的な勝敗は無い。趣味の波長があう一定の支持者を維持できれば、音楽の世界では生きのびて行く事が出来る。
サッカー界のフィールド内外の競争生活に疲れ果てたはずのマイケルが、あえて音楽一本の道を選ばず、格闘技というさらに勝敗にシビアな世界に舞い戻って来たのは何故だろう?
「プライドを証明したいんですね。みんなの前で、自分が凄い事が出来る人間だってことをわからせたい気持ちがずっとあって。サッカーはどんなに頑張っても、自分のせいじゃないのに負けたりするじゃないですか。チームが負けても、どこか口惜しくない自分が居て。格闘技は痛いのも自分だし、人前で殴られてプライドを傷つけられる訳で、負けの口惜しさが全然違うんですよね。中学の時みたいに一回の負けで凄く悔しがってる自分にまた会えたなって」
その意気やよしとすべきだろう。
敗北の口惜しさが納得できず、敗者復活戦を要求する限り、人は永遠の敗者に甘んずる事は無い。
勝ちか負けか、確率は常に50パーセントだ。
再び一敗地にまみれーLOSERーと呼ばれても構わない。その覚悟だけが、人生を賭けた丁半博打の参加資格になる。
マイケルと山口氏は、藤原杯の敗戦直後、もう一度その賭けに身を晒す決断を下した。IKUSAが7月10日の興行で打ち出した、出場者一般公募企画「Get the future」に応募したのである。IKUSAプロデューサー小澤進剛氏は、さっそく応募直後の6月4日のシュートボクシング後楽園大会の会場でマイケルと対面。その数日後に、同大会でIKUSAレギュラー選手裕樹を破った、シュートボクシングのホープ菊地浩一を対戦相手に内定した。
IKUSAは小比類巻貴之、HAYATφらをK-1 MAXに選手を次々と送り込み、今やMAX進出を狙う若手選手にとって登竜門となっているキック界注目の舞台でもある。そのリングでのプロデビューを決めたということは、マイケルが標的する魔裟斗戦実現へ、現時点での最短コースをキープした事に他ならない。
しかし、菊地はデビュー以来6戦6勝、裕樹の他は全てKOで葬って来たホープである。これがプロデビューになるマイケルにとって高すぎるハードルになりはしないだろうか?
「これは大きなチャンスです。ただ僕らも何度もチャンスがあるとは思っていません。僕たちのチームDIA-DORA ISHINとしての挑戦は、一度でもマイケルが負けたら終わりだと覚悟しているんです」
コーチとして山口氏は、マイケルの敗者復活戦にさらに厳しい条件をつけていたのだった。
正直、このハードルをマイケルが飛び越せるかどうか、僕にはわからない。
だが、マイケルと山口氏の賭けに、僕も一口乗ったつもりである。
海の物とも山の物とも知れぬド新人の紹介に大騒ぎした、見る目の無い格闘技ライターと笑われるか、それとも一つの伝説の最初の記録者として残るか。僕にすればこれでもお財布一杯の結構なレートに張ったことになる。
マイケルに限らず、敗者は世に山ほど存在する。
あえてなぜ今彼になけなしのコインを張るのか?
理論的な説明を僕は持たない。
だがあえて言うなら、彼の見たであろう25年間の闇の深さに、裏切りの痛みに、そして孤独の冷え切った温度にこそ賭けたい。余人には到底想像も付かぬであろう、数知れぬダークな運命を押し退けて、彼は自分をもう一度戦いのフィールドに押しあげる勇気を持っているのだから。
そして、もうひとつ。
同じサイコロを振るなら、僕は面白い方に賭けたいと思う。
あえて敗戦続きの負け犬野郎が、天まで駆け登る途方も無い夢に。