さて、もう一本のクローズアップ記事「プロに徹した小川の凄み」 を受けて、こちらの記事ではその小川と対戦して敗れたステファン・レコと、今大会のパンフレットの表紙にもなった“PRIDE三銃士”の一角を担うミルコ・クロコップの敗戦の意味について考えてみたい。
ともに、K-1出身のトップストライカーであるのはご存知の通り。
打撃には絶対の自信を持っているはずの二人が、今回のGPでは揃いも揃ってスタンド勝負でダウンを奪われ、最終的にグラウンドで仕留められてしまった。この両者の敗因は非常に似通っている。
レコは多少抵抗した後肩固めで、ミルコはダウン直後のパウンドで、とフィニッシュの形は違うものの、勝負の趨勢を決めたのはスタンドでの、たった一発のパンチなのだ。偶然にしては出来すぎたこの二つの試合の類似点は、図らずも立ち技のK-1と総合のPRIDEという競技の違いを浮き彫りにしているようで、非常に興味深い。
では、それぞれの試合の表面的属性をそぎ落として、共通点だけを残してみよう。
1、ストライカー(K-1)vsグラップラー(小川=柔道、ランデルマン=アマレス)
2、決定打はグラップラーのスタンドでのパンチ(左フック)
3、序盤の打撃戦で決着
そっくりというより、全く同じである。
休憩を挟んでのこととはいえ、同じような構造の試合を二つ続けて見せられて、観客もさぞかし驚いたことだろう。(第五試合小川vsレコ、第六試合ランデルマンvsミルコ)
では、順を追ってこれらの要素を分析してみよう。
1、ストライカーvsグラップラー
まず小川直也は1992年のバルセロナ・オリンピックで銀メダルを取った、かつての日本柔道界のエースである。世界有数のグラップラーであり、総合格闘技界広しといえども、彼に並ぶキャリアの持ち主は恐らく吉田秀彦以外に居ない。
一方、ケビン・ランデルマンの経歴も相当である。オハイオ州立大在席時にフリースタイルレスリングでアメリカ選手権優勝を果たしており、順調に行けばオリンピック代表になっていてもおかしくないエリートアスリートなのである。プロ入りして以降もUFCモーリス・スミス、ペドロ・ヒーゾら歴史に残るストライカーを撃破。
ランデルマンの場合特に顕著だが、彼はストライカーとの勝負にめっぽう強い。パンチを畏れずに前に突進して、遮二無二パンチを繰り出す豪腕タイプで、2000年6月のUFCヘビー級王者決定戦での、ペドロ・ヒーゾとのゴツゴツした打撃戦は、今でも語り草である。ヒーゾは元々、オランダでピーター・アーツのスパーリングパートナーも勤めるような、スーパーストライカーである。そのヒーゾをパンチだけで圧倒したのだから、ケビン君の打撃は並ではないことは判っていただけるだろう。
ただこの試合、ランデルマンの猪突猛進が過ぎて、バッティング事件を引き起こしてしまったのはご愛嬌。(また、失神状態になったヒーゾが殴っても殴っても倒れない不気味なゾンビ状態になり、後半はどうしようもないダンゴ状態の凡戦となり、あまり一般の格闘技ファンには高く評価されていない。)ただ、ランデルマンが至近距離での打撃戦にも耐える、屈指のハードパンチャーであることだけは間違えない。
小川にしても、日ごろ新日本キックボクシングの伊原ジムに通って打撃の腕を磨いており、かつてPRIDE参戦時にゲーリー・グッドリッジや佐竹雅昭らと正面切って打撃戦を演じた姿は今も印象的だ。
要するに、二人はグラップリングのスペシャリストにして、打撃に関して一切恐怖がないタイプの選手なのである。彼らと対峙するストライカーの立場で考えてみよう。スタンドでの勝負だけなら引けをとらないにしても、グラウンドに引きずり込まれてのパウンドになれば圧倒的に不利が予想される。当然、テイクダウンを警戒することになる。レコもミルコも、自分を遥かに凌駕するレベルのグラップラーに掴まれる危険を冒すのは、得策ではない。
恐らくは対戦相手を研究しぬいた末の警戒が、二人のストライカーの心にはあったはずだ。それが彼らの序盤戦に、付け入る隙を生んだと僕は考える。