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K-1戦士の仮面の下に隠された挫折と苦悩 「アンディ:孤独な放浪者」(2ページ目)

アンディ・フグの衝撃の死から三年。命日の8月24日を前に、あの「鉄人」の強靱な肉体に隠された、繊細で傷つきやすい魂を説き明かす。未だ知られざるアンディ像に迫る魂の物語。

執筆者:井田 英登

■不幸な生い立ちと孤独の強迫■

「私は大変貧しくつらい子供時代を経て、自分の努力でここまで来た。あの頃、あの貧しさへ逆戻りすることを考えたら、どんな練習もつらくはないしどんな相手とでも闘うことが出来る」


ンディの人格形成を考えるうえで極めて大きな要素のひとつに、幼年期の特異な成育環境を挙げることができるだろう。アンディの父アルトゥールはフランスの傭兵。世界を渡り歩く生活を続けた末に、幼いアンディを残してタイで死亡。そのため三人の子供の生活は全て母のマドレーヌの肩にのし掛かった。生活のために働きに出たマドレーヌに代わってアンディらを育てたのは、その祖父ヘルマンと妻のフリーディだった。レンガ積み職人であった年老いたヘルマンは実直な昔風の頑固者で、精神的なよりどころになるにはあまりに思想的にも年齢的にも懸け離れた存在だった。

また幼子三人を抱えた老夫婦の生活は決して楽なものではなく、学校にあがるようになったアンディは、肥満児であったこともあって、しばしば近隣の上流階級の子弟のいじめの標的になった。6歳から始めたサッカーの才能が開花し、U-16のスイス代表に推されるまでになったアンディではあったが、その心に空いた穴を埋めるにはサッカーでは十分ではなかったようだ。個としての自分を認められたい、そう願う少年の心はチームプレイを必要とされるサッカーでは、完全にには満たされなかったのである。

んなアンディの鬱屈を救ってくれたのが空手であった。

11歳の時、友人の誘いで近所の学校の体育館で行われていた極真空手スイス支部の練習を見学に行ったアンディは、一発でその魅力に取りつかれたという。丁度、時代は70年代半ば。ブルース・リー主演の映画「燃えよドラゴン」の大ヒットもあって、空手が世界的な普及を見せ始めた頃のことであった。伝統的な型に終始する旧来の空手の殻を破って、顔面以外の全ての部分に対する直接打撃を解禁、“実戦空手”を標榜した極真空手は破竹の勢いで世界に広がっていく過程にあった。

特にカリスマ的指導者であった大山倍達の教えは、海を越えたスイスでも神懸かり的な存在感を失ってはいなかった。当時、まだまだ格闘技を白眼視する傾向の強かったスイスにあって、マス大山のイズムを普及させようとするスイス支部のメンバー達の熱の篭った練習風景は、異様なエネルギーを放っていたのだろう。経済的にも底辺に属し、両親も居ない。そんな劣等感を抱えた少年は、この東洋の神秘的でエネルギッシュな格闘技「カラテ」に、全ての状況を逆転させるに足る「力」を感じたのだった。

「ハングリー」とよく人は一口にいうが、それは言い換えれば「欠落」であり「コンプレックス」である。自分の中にぽっかりと空いた穴を持つ人間は、どこかに構造的脆さを合せ持っている。それを自覚するがゆえに、強さを希求し、人に敬意を表せられる英雄たらんと望む。格闘という、極めて野蛮で前時代的な「物語」の中に理想の自分を投影する者たちは、そんな欠落を抱えていることが多い。アンディもまさにその一人であったことは想像に難くない。

くてアンディは12歳の誕生日に、正式に空手修業をしたいと宣言するに至る。もちろん昔かたぎの祖父は、そんな突拍子もない願いを許す訳もない。だが、アンディの頑なまでの想いを汲んだ祖母のフリーディの取成しで、アンディは極真入門を果たす。元々サッカーで培われたスポーツ少年の素養は素晴らしく、アンディは入門1年で各地の初心者クラスの大会を総嘗めにする結果を生む。もう、サッカーのフィールドに戻る気持ちは全く無かった。わずか15歳で国際大山杯に優勝。16歳で極真国際選抜チームのメンバーに抜てきされるまでになった。その頃から、地元ヴォーレンの極真支部を離れたアンディは、極限られた友人達との特訓で自らの空手道を追及し始める。

進学の道も捨て、兄チャーリーの下で肉屋の見習いとして働きながら、ひたすら練習に明け暮れる日々が始まった。既に師と仰ぐ存在はおらず、技術は自ら考案する。これまでの空手になかったコンビネーションや技を仲間との練習で磨くのに、アンディは夢中になっていたのだった。ここにもアンディの人生観の縮図が見える気がする。いかなるときも頼れるものは己だけ。自ら欲するものがあれば、ただ望むのでも、乞うのでもない。行動し、そして独力で手に入れる。欠損家庭に生まれ、貧しい環境に育ったことで、アンディは何人にも頼ることをしない、技術すらも必要なら編み出すという、徹底した個人主義を身に付けていたのである。それは既に哲学というより、強迫観念と呼ぶ方がふさわしい生き様として、アンディの血肉に刻まれたものだったのかもしれない。
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