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復活した伝説の格闘家、沈黙の十年の意味に迫る 「長田賢一、北斗の涯を越えて」

昨年北斗旗に現役復帰した伝説の格闘家長田賢一。その沈黙の十年とライバル佐竹雅昭との生き様の対照を通して、プロとアマチュアの間に横たわる大いなるイズムの違いを考察する。

執筆者:井田 英登

 

れはおとぎ話の一幕のような光景だった。

 至極、真面目くさった面持ちで少女は、手にした金のビーズの首飾りを頭上に掲げる。少し緊張しているのかもしれない。少女の手はうまく目標を捕らえることが出来ない。
 それに気づいた空手着を着た坊主頭の大男は、まるで女王から勲章を授かる騎士のように、膝を曲げ恭(うやうや)しく頭を垂れる。すると、つるりとした五厘刈りの頭をすべるように、細い金の輪っかが男の首に落ちていった。男は顔を上げる。少女は、頭上に迫った男の顔を正面から見上げる格好で向きあう。その瞬間、とろけるような笑みで相好を崩した彼は、少女の顔をのぞき込んで、
「うれしいなぁ、ほんとにうれしいなあ~」とつぶやいたのだった。

 まるでそれは、まだカベ一枚向こうの体育館で繰り広げられている壮絶なトーナメントに優勝したかのような、満面の笑みだった。

 しかし、事実は違う。
男はついさっきの試合で、自分より一回り以上年下の青年にタップアウトを奪われたばかりだった。だが、男はまったくその事実を気にしていないかのように、首輪を授けてくれた少女の頭をなでて、こう言った。
「今日一番うれしいよ。ありがとうねえ」

 すこし成長に遅滞があるのかもしれない。
 男の笑顔を見上げる、少女の視線は男の頭を通り越して、あらぬ空間を見ているかのように、頼りなく定まらないままだ。しかし、男の言葉にはきちんと反応しているのがわかる。少女ははにかみの混じった、少し戸惑ったような表情でその言葉を聞き、そしてたどたどしい口調でようやくこう言った。
「おさだ先生、がんばってください」
「うん」
 その言葉を聞くと満足したのか、少女は父親らしき人物に手を引かれて控室を後にした。

「うれしいなあ。いやあ、ホントにうれしいですよ」
 男は、いとおしむように細いそのちゃちな作りの首飾りを何度も撫で回すと、さっき吐いたのと同じセリフを繰り返しつぶやく。その儚い首輪が、まるで自分だけのために準備された「優勝メダル」ででもあるかのように。

 男の名は長田賢一。38歳。
 人は未だに彼を「格闘家」の肩書きで呼ぶが、それは彼の職業ではない。


5月11日、宮城県スポーツセンターでは今年も大道塾の北斗旗体力別大会が行われた。この大会には十年の沈黙を経て昨年の同大会に復活した、伝説の天才・長田賢一が二年連続参戦。現役世界王者藤松泰通と新旧直接対決を繰り広げて話題をまいた。

 大道塾は極真空手の猛者であった東孝塾長が、空手に自身の柔道経験を取り込み、投げ、寝技をも含んだ武道として提唱した「空道」を追及する団体。93年のUFCのスタート以降、世界で盛んとなった総合格闘技的アプローチを、十年近く先取りし武道の側から実践していたという意味で格闘技界にユニークな地位を築いている。東塾長の出身地でもある宮城は、空道の頂点を極める大会「北斗旗」のクラス別大会「体力別大会」の恒例の開催地である。「体力別」というのは格闘技の世界でもあまり耳にしない用語だが、これは身長に体重を加算して定められる、大道塾独特のクラス制である。(さらには体力指数20以上の差が存在する場合、金的攻撃を認めるという超過激なルール設定がなされている。)

 またクラス分けのみならず、試合スタイルも独自の世界観を持っているのが大道塾である。なんと、顔面に透明のプラスチックの面を被り、拳は「拳(けん)サポーター」と呼ばれる薄手の簡易バンテージで被って闘うのである。胴着こそ空手着のままだが、すでにそれは通常の空手とは全く異なった光景と言うしかない。知らない人が見れば、宇宙飛行士の仲間割れかと思うような風景が、試合場には展開するのだから。

 極真空手にも無かった顔面殴打のルールを投入するにあたって、翌日に通常の仕事を抱えるアマチュアの選手達の脳に大きなダメージを残したくない。「社会体育」としての発展を思想の軸にした東塾長のこだわりが、この異様でユニークなスタイルを産んだのである。


[大道塾]

北斗旗全日本空道
体力別選手権大会


2003年5月11日(日)
宮城県スポーツセンター



 【超重量級】準決勝

  ○藤松泰通(総本部)
  ×長田賢一(仙台西)
  一本勝ち(腕十字固め)


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