野球/WBC 最新コラム

日本を苦しめたキューバ野球の「底力」(5ページ目)

第一回WBC決勝戦で日本と対戦したキューバ代表。「アマ最強」と言われ続け、この試合でも最後まで日本を苦しめ続けたキューバの「野球力」の正体を探る。

執筆者:コモエスタ 坂本

意図的に「何も起こさない」


「何もなかったフリ作戦」とは私の命名だが、キューバは勝ちの見えた試合をたびたびこの方法論で制御する。すなわち、ピッチャーは早いテンポで淡々と投げる。バッターは早打ちもしくは三振などでとにかく試合を先に進める。「試合の流れ」を変える動機を相手チームに与えないのだ。「何が起こるかわからない」ではなく、意図的に「何も起こさない」のだ。これを実現するにあたって、パルマは最適なピッチャーであるし、またキューバの各バッターも空気を読むのがうまい。

パルマはその後、オーストラリアに1点は取られたものの、キューバベンチは何もなかったようにピッチャーを代え、結果6-2でキューバは逃げ切る。試合前半のだらだら感(ピンチの時や、試合の流れが味方に来ていない時は、キューバはしばしばこの方法を用いる)と試合後半のあっけなさと、私は1試合で2つの試合を見たような気がした。テンポを含めた試合の流れにこれほどまでに敏感で、かつコントロールに長けているチームを私は見たことがない。

WBC準決勝でも同様のことがあった。メジャー軍団揃いの強豪ドミニカ相手に、1-3と試合をひっくり返したのは7回表。そしてそこからは何も起こらない。特に9回表のキューバの攻撃は、三者三振である。8回・9回は両軍無得点でゲームセットだ。

打線の適応能力が裏付け


もちろん、これらのキューバの戦術も、打線のアジャスト能力と攻めの多様さという裏付けがあって成立することだ。総じてキューバでは投手よりも打者の地位が高く、「打って勝つ」ことがキューバ野球の基本になっているが、打者の身体能力や適応能力の高さには舌を巻く。WBCでも1次リーグと2次リーグで大敗したプエルトリコとドミニカに対して、次の試合で見事リベンジを成し遂げているし、決勝戦でも日本の誇るアンダースロー、渡辺俊介に2イニング目でもう適応してしまったぐらいだ。

最後に


私がキューバ野球に対して思うことを全て吐き出せたわけではないのだが、本稿はここでひとまず終わりとする。

余談ながら、私は本稿を日本との決勝戦前に発表しようと考えていた。日本がキューバに苦しむのは目に見えていたし、正直言えば日本が勝てる確率は3~4割ぐらいと思っていたからだ。しかし、日本代表にはなんとしても「キューバの呪い」を払拭して勝って欲しかった。それゆえ、いたずらに相手チームの強さをアピールする話を書くのはやめようと考えたのだ。

キューバ野球は、ある面でかなり特異な野球スタイルではあるが、世界における野球の文化的差異の中で独特に進化した部分があり、それは他国の野球文化が持っていないものだと思える。一時期よりも大幅に戦力が落ちているキューバが、メジャーリーガーも参加した国際戦で、戦力的に格上の相手をことごとく打ち破った姿は爽快であったし、結果としてそのキューバに大舞台で日本が競り勝てたのは非常に幸甚であった。王監督語るところの、日本野球の進化を感じられたからであり、それはこれまでの国際大会ではなかなか発揮できなかったものだったからだ。

多くの日本人はキューバ野球の本当のところを知らないので、その結果「やたらに強い」と思いこむか、今回のように負ければ「思ったより弱い」と過小評価するかのどちらかに傾きがちだ。しかし、短期決戦にもっぱら強いキューバ野球のスタイルは、ここぞという時に勝つための方法論としてもっと語り継がれていいだろう。




※WBC決勝の印象で、キューバがフェアプレーに徹していたという評があるようだが、その点は私のこれまでの印象で言えば違う。むしろキューバは国際戦に勝つためにラフプレーも辞さないというのが基本だった。また、アテネ決勝のようなフェアでないプレーも辞さない。しかし私はそれを一概に悪いとも思わない。

キューバ人の名誉のために付け加えておけば、キューバ人は一般的にラフでアンフェアではなく、素朴で人なつっこく、親切なキャラクターが多いような気がする。それは、日本で一番有名なキューバ出身の野球人で、通訳でも活躍したバルボン氏(元阪急、現オリックス球団職員)を思い起こしてくれればよいだろう。
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