いよいよW杯ドイツ大会が開幕する。ドイツにとっては統一後初めてホスト国となる。代表も、東ドイツ出身初の主将・バラックとともに、母国の地で、エンブレムの胸に4つめの星を目指す。

初の東ドイツ出身のキャプテン

バラックのプレーにドイツの命運は委ねられた……
今大会、ホスト国の“マンシャフト”ことドイツ代表の主将を務めるミヒャエル・バラックは、ポーランドとの国境に接する町、ザクセン州のゲルリッツ出身だ。彼はドイツ代表史上初の東ドイツ出身のキャプテンとなった。

「皇帝」フランツ・ベッケンバウアーにちなみ、「小皇帝」の異名を持つバラックは7歳でサッカーを始め、10歳でケムニッツァーFCのユースチームに入る。

1997年に1部復帰を果たしたばかりのカイザースラウテルンに入団。ブンデスリーガでのデビューを果たしたバラックは、いきなりリーグ制覇を果たした。その後レバークーゼンを経て02-03シーズンからバイエルン・ミュンヘンに移籍。04-05と05-06シーズンの2連覇に貢献した。

旧東ドイツ地域には、ドイツの1部や2部のブンデスリーガのクラブがなく、現在旧東ドイツ出身の代表選手はこのバラック1人である。また、ドイツには欧州各国やアフリカ、アジアなどからの移民が多く、ポーランド出身のFWクローゼ、ポドルスキー、MFボロウスキーと、スイス出身のFWノイビル、ガーナ出身のFWアザモアなどが代表選手としてW杯に出場する。

バラックは、W杯後のシーズンからはドイツを離れ、イングランド・チェルシーに新天地を求めることが決まっている。ドイツの地に置き土産を残すことができるだろうか。

スタジアムにも統一ドイツの証

決勝が行われるベルリン・オリンピアシュタディオン
ドイツは1954、74、90年と過去3度優勝し、74年に1度W杯を開催しているが、それらはすべて西ドイツ時代のもの。今大会は、統一ドイツとして初めてW杯のホスト国となることは、国全体にとっても大きな意味を持つ。

その顕著な例がスタジアムだ。ドイツW杯実行委員会は、通常のW杯などと同様に、収容人数や立地などの条件を元に開催スタジアムを決定したが、旧東ドイツにあり、ドイツサッカー協会発祥の地でもあるライプツィヒのツェントラール・シュタディオンだけは例外とされた。

また、東西統一の象徴であるベルリンは、統一ドイツとして初めてのW杯の決勝にふさわしい場所と言え、改修も、ベルリン五輪や歴史を残すために、あえて陸上トラックを取り除かないなど、細心の注意を払って行われたという。

ドイツの人々はベルリンでW杯優勝を成し遂げることを期待している
日韓大会では累積警告のため決勝に出場できなかったバラックは、今大会は主将として、統一ドイツ国民の期待を一身に背負い、国際色豊かな代表をまとめることが期待されている。そして、決勝の日、東西統一ドイツの象徴、ベルリン・オリンピアシュタディオンの舞台に立ち、W杯を高々とベルリンの夜空に掲げることができるかどうかは、バラック自身の活躍にかかっている。

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