用意周到な「遺作」
極秘に制作された《遺作》は木製の扉に空いた小さな2つの穴から中を覗くというもの |
作品は、古い木製の扉に空いた小さな2つの穴から中を覗くというものです。中には性器をあらわにした女性が裸体で横たわっており、左手にガス燈を掲げています。背後には森と湖、青空が広がり、滝からは水か流れ落ちているように見える電気的な仕掛けが施されています。1966年に完成し、死後に公開するためにアトリエからの移設マニュアルが用意されました。完成後間もない1968年にデュシャンは亡くなり、作品は遺言に従ってフィラデルフィア美術館で公開されます。
この《遺作》は、タイトルが《グリーン・ボックス》の記述に由来することからも《大ガラス》を別の形で表現したものだと言われています。《大ガラス》は「花嫁」と「独裁者」を描いたものでしたが、《遺作》では裸体の女性を「花嫁」、鑑賞者を「独裁者」だと置き換えることができます。
ところが全くデュシャンらしくないのは、「レディ・メイド」や「レプリカ」と異なり、徹底して彼自身の手作業により作られている点、15年間内部の撮影が禁止されて「オリジナル」が尊重された点です。制作が極秘で行われていたこともあり、作品は人々を驚かせました。
用意周到な「遺作」――。しかし、既存の美術作品に対する考え方だけでなく、最後には自身に対するイメージを完全に覆してしまったという点においては、デュシャンの生き方そのものを表している作品だと言えるでしょう。
・関連サイト Philadelphia Museum of Art…デュシャンの主要オリジナル作品をほとんど所蔵しているアメリカ・フィラデルフィア美術館のサイト(英のみ)。
・関連サイト 東京大学教養学部美術博物館…《大ガラス》のレプリカが常設展示されています。
・関連サイト Making Sense of Marcel Duchamp…デュシャンの主要作品を豊富な図版とFlashで閲覧できるサイト。(英のみ)
・関連サイト ピースフル・アート・ランド びそう/アメリカ現代芸術作家論……トビー高橋氏による、様々な美術家データ、美術運動についての評論。デュシャンも取り上げられているアメリカ現代芸術作家論のページ。
いかがでしたでしょうか。デュシャンの様々な試みは、美術のあり方を大きく問い直し、展示方法そのものを作品とするインスタレーションや、簡単なテキストなどでコンセプトのみを提示するコンセプチュアルアートなどが発生するきっかけとなりました。現代美術に触れる際に、避けては通れないキーパーソンなのです。
「巨匠で見るアート:近・現代編」の次回は、ポップ・アートの第一人者、アンディ・ウォーホルを取り上げます。お楽しみに!