文章:橋本 誠(All About「アート・美術展」旧ガイド)

現代アートのキーパーソン

『デュシャンは語る』
マルセル・デュシャンは、既製の工業製品を作品にするなど従来では考えられない表現活動を展開した
1枚の絵の中に連続的なモチーフを描きこみ「時間」を表現する、既製の「便器」にサインをして作品として発表する、ガラスを支持体に用いて作品をつくる──。

フランスに生まれ、後にアメリカで活躍したマルセル・デュシャン(1887-1968年)は、従来では考えられなかった様々な表現活動を行い、20世紀の美術に大きな影響を与えたアーティストです。

彼は常に「芸術」という概念そのものを疑い、作者の存在を否定するような作品を発表したり、偶然性を作品に取り入れたりすることで、同時代の人々を驚かせました。彼の活動が後世に与えた影響は大きく、「現代アートの父」とも呼ばれたりしています。

「巨匠で見るアート」シリーズ、第2回はマルセル・デュシャンを取り上げたいと思います。

1枚の絵で「時間」を表現する

フランスのパリで活動していたデュシャンを最初に有名たらしめたのは、1枚の絵画でした。当時彼は、キュビスム(※)の一派として活動していた兄たちに混じり、研究会に参加するなどしてその影響を受けていました。

※キュビスム—20世紀初頭にパブロ・ピカソ(1881-1973)やジョルジュ・ブラック(1882-1963)が創始した革命的な表現。ルネサンス以来の遠近法を放棄し、描く対象を複数の視点から3次元的に捉え、1枚の平面(2次元)の中に表現した。

同時期に、連続写真(※)にも興味を持っていた彼は研究会とは少し距離を保ちながら活動しており、1912年、パリのアンデパンダン展に作品《階段を降りる裸体 No.2》を出品しようとします。

※連続写真—運動する人物など、1枚の写真の中に異なる複数の時間が一緒に重ねて記録されている写真。デュシャンが特に刺激を受けたのは、エティエンヌ=ジュール・マレー(1830-1904)のクロノフォトグラフィと呼ばれた一連の作品だと言われている。

2004年に国立国際美術館で開催された<マルセル・デュシャンと20世紀美術>展《階段を降りる裸体 no.2》紹介ページのリンク>>こちらから

ところが、この作品は展覧会の展示委員を務めていた研究会のメンバーに反発を買い、デュシャンには兄を通してタイトルの変更が迫られます。彼はタイトル変更するくらいならと展示を中止し、その後研究会からも離れていきました。

なぜこのようなことになってしまったのでしょうか?この作品では、連続写真の影響を受けて、1枚の画面の中に運動する(階段を降りる)裸婦が時間の流れと共に表現されています。2次元の世界に3次元を表現しようとしたキュビスムをさらに発展させた作品だと考えることができるでしょう。このような試みを行ったのは、デュシャンが初めてでした。

そして、特に問題となったのはそのタイトルです。西洋絵画において、「裸体」というモチーフは様々なかたちで描かれてきましたが、伝統的に裸体は「横たわる」ものであり、「階段を降りる」ものではなかったのです。また、作家が対象を様々な視点から捉えて表現するキュビスムの立場からは、描かれる対象の方が運動してしまっているという点で好ましくない表現であり、研究会の反発を招いてしまったと言われています。

結局この作品は、パリで人目に触れることはありませんでしたが、翌年1923年にニューヨークで開かれた国際現代美術展《アーモリー・ショウ》に出品されて大きな反響を呼び、その後彼がアメリカで活動するきっかけとなります。

次のページでは、絵画を放棄し、意外な手法を用いた作品が登場します!