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宮下奈都『遠くの声に耳を澄ませて』を読む(2ページ目)

2007年、長編『スコーレNo.4』が「王様のブランチ」などで紹介されてスマッシュヒットした期待の新鋭、宮下奈都の旅に出たくなる短編集『遠くの声に耳を澄ませて』をご紹介します。

石井 千湖

執筆者:石井 千湖

話題の本ガイド

「クックブックの五日間」

遠くの声に耳を澄ませて
<DATA>タイトル:『遠くの声に耳を澄ませて』出版社:新潮社著者:宮下奈都価格:1,470円(税込)
なかでも鮮烈な1編が「クックブックの五日間」。著名な料理研究家がインタビューを受けるシーンから始まる。

(料理の仕事を始めた)きっかけなんて、ちょっとしたはずみのようなものではないか。もともと盥(たらい)には水がいっぱいに張っていたのだ。そこへ一滴落ちることによってあふれてしまう。

と思いつつ、彼女はインタビュアーの真摯な姿勢に触発されて、最後の一滴になった旅の記憶を語る。裕福な家に生まれ育ち、思い通りにならないことは何もなかった彼女に“叫んでもしかたのないものはある”と教えてくれた人との恋。その恋人と訪れた朱鞠内湖(しゅまりないこ)で体験したこととは……。

わかりやすい事件は何も起こらない。けれども、それは決定的な一滴で、主人公が見た朱鞠内湖は実在する朱鞠内湖とはきっと違う。彼女だけの湖なのだ。こういう風景を見つけられた人がつくる料理はおいしいだろうなあと思う。

本書はおいしそうな食べ物・飲み物が印象に残る本でもある。焼きたてのパン、ホットワイン、土鍋で炊いたごはん、ミルクティー……無性につくってみたくなる。宮下奈都。食いしん坊も要注目の作家だ。


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