■鈴音が象徴する「人間の善性」。著者の祈りにも似た思いが全編を貫く
しかし、鈴音自身は、自らの辛さややるせなさをけっして語りはしない。妹である語り手にとっては、いつも変わらぬ「憧れの姉さま」であり続ける。
美しく穏やかで、透明な明るさをたたえた彼女のありかたは、ある意味で、容易には侵食しえない「人間の善性」の象徴であるかのようにすら思える。
人間の心のうちにあるどす黒いものを描いた作品と比較すると、本作は、根本的なところで徹底的に「甘い」作品である。私は、この確信犯的な「甘さ」に、人間の誰しものが「善性」を持つと信じられなくなるような時代を生きる著者の祈りにも似た思いを感じる。
少女・鈴音は、収録作品『夏空への梯子』で不遇な環境に生い立ち犯罪を繰り返してきた少年の悪意や憎悪すら越えた深い虚無を「見る」。鈴音を含め、そんな彼がなんらかの矯正によって「善性」を取り戻すことができるという確信をもてる者は誰ひとりいない。まさに、昨今、巷を騒然とさせたいくつかの事件を彷彿とさせる設定だ。
だが、それでも、鈴音は、こう言うのだ。
――あの人のなかにもあったのよ。高い高い空の風景が、あの人の中には。その空は、少しも色褪せていなかった――
■体験していないはずの時代の「懐かしさ」。物語の持つ魔力にはまる
さて、本作の背景となる時代は、昭和30年代初頭。映画『Always 三丁目の夕日』のヒットにもみらえるように、今、ちょっと「流行り」の時代である。
著者自身、(ついでいうなら私も)ギリギリのところで、実際にこの時代を体験していない。この作品を手にとられる方の中にも、そういう方は少なくないだろう。しかし、そういう方にとっても、この作品は、なぜか「懐かしい」はずだ。私は、時折考える。体験していない時代を「懐かしい」と思うのは、なぜなんだろう、と。
人が人と寄り添って生きていて時代だから、人のぬくもりに満ちてきた時代だから、物質的には豊かではなくても、今日より明日が良くなると信じられた時代だから・・・
こういう答えは、どれも当たってもいるのだろう。だけど、すべてではない気がする。
体験していないはずのことを「懐かしい」と思わせる力。それは、その原理を簡単には説明できない魔力だ。「物語」というもののもつ魔力だ。
何かと忙しい時期ではあるが、しばし、現実を忘れて、やるせなく、切なく、温かな「懐かしさ」の魔法にかかる、そんなひとときをぜひ。
この本を買いたい!
◆『花まんま』で第133回直木賞を受賞した著者。数ある文学賞のなかでももっとも注目度が高い賞の情報チェックは、「芥川賞・直木賞受賞作を読む」で
■『フクロウ男』でオール読物推理小説新人賞を受賞してデビューした朱川さん。この賞の受賞者の中には、こんな超人気作家も。
受賞者の中には、この方の名前も、赤川次郎は、昭和51年度『幽霊列車』で受賞。数あるファンサイトの一つ「三毛猫ホームページ」の400!以上ある著作の中から、年代別オススメ本をピックアップ。TVドラマ化された作品の紹介も。
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