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『すべて忘れてしまえるように』(2ページ目)

性犯罪歴のある犯人が6人の少女を監禁、虐待、4人を殺害した『デュトゥルー事件』。奇蹟的に解放された著者が事件の内実とその後を語る渾身の手記。

執筆者:梅村 千恵

■「事件の被害者」ではなく「一人の女性」として生きたい――切実な叫びが行間から聞こえてくる
 
 事件は、ベルギーはもとよりヨーロッパ中に報道され、その残虐さ、そして、男が性犯罪で逮捕歴がありながら模範囚として釈放され、野放しにされていたことなどから、大きな波紋を呼ぶ。生存者であるサビーヌは、取材合戦の渦中に巻き込まれ、人々の好奇の目にさらされることとなったのだ。報道の中には、彼女が薬漬けにされたというような根も葉もないものもあり、その精神状態を危ぶむ声は、長く消えなかった。もちろん、大衆のほとんどは、あまりに残虐な目にあった少女へ同情を寄せたが、その同情も彼女にとっては、大きな負担になったのだ。さらに、犯人に殺されてしまった少女たちに対する罪悪感も彼女をさいなんだ。

 「あの事件の被害者」ではなく、一人の少女として、女性として生きたい――行間からも、その切実なる叫びが聞こえてくるようだ。
彼女は、その声なき叫びを身体にたぎらせながら、懸命に自分らしい暮らしを取り戻そうと苦闘する。その過程では、家族(とくに母親)との確執にも悩み、恋と別れも体験する。自分の力と意志で、進む道を選択し、切り開いていくのだ。

 本書では、再犯確率が高いと言われている性犯罪者の「釈放後」を追跡、把握すべきかどうかという社会的な問題提議もされているが、彼女は、自身の主張を「被害者の主張」として過度に一般化することはしない。サビーヌ・ダルデンヌという一人の女性の見解として語る。
 子どもたちの未来を自身の勝手な嗜好のためにつぶしてしまう人間への怒り、日常の中にある犯罪の脅威・・・さまざまなことを考えさせられる一冊だが、何より、「被害者」それぞれが、ひとりひとり、別の人格を有した人間であるという、当たり前のようで忘れがちなことを強く感じさせてくれた。

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◆事実は、小説より・・・エッセイ・ノンフィクション本の情報チェックは、「エッセイを読む」

■著者の母国は、ベルギー。ベルギーといえば・・・

ベルギーが生んだ推理作家、ジョルジュ・シムノン。「ジョルジュ・シムノンの部屋」では、メグレ警視シリーズ全作品のレビューが読めます。

ベルギー、推理小説、ときたら、やっぱり、この人をハズすわけにはいきません。アガサ・クリスティーが生み出した、エルキュール・ポワロ。彼が登場する作品チェックは、「アガサ・クリスティーの部屋」で。
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