■「私って、いつまで私のままなんだろう」。多忙な日々の中でふとそう思う、そんなすべての人に
幼稚園、小学校、中学校と苛めにあい、それから逃れるように、田舎町に引っ越してきた葵。閉鎖的な高校で、苛められないよう息を潜めて日々を送っている葵。そんな彼女に対し、親友の魚子は、葵が、みんなが持っていないものを持っているから苛められたのだと、葵と出逢えたから、過去に葵をいじめた人を感謝するという。そして、自分自身が苛められてもぜんぜん怖くないと言い切る。「そんなところにあたしの大切なものはない」と。
高校時代の「葵・魚子」は、現在の「小夜子・葵」の関係と相似形をなしている。そして、
閉鎖的な人間関係に怯えている十代の葵が、現在の葵になったのは、なぜなのか、その謎の答えが知りたくて、ページを繰る手が止まらなくなる。
そして、結末近く、その答えがわかった時、大きな感動に包まれるだろう。そう、小夜子が、葵の部屋で、彼女が保管している魚子からの手紙を読んだ時のように・・・。
そう、小夜子が、何度も自問する言葉、「私たちは、何のために歳を重ねるのだろう」その言葉の意味するところが、ずしんと心に響いてくるだろう。
川の対岸をそれぞれに歩いてきた小夜子と葵。声は届かなくても、指を指す方向には、一本の橋がかかっている・・・ラストの小夜子の心象風景は、「女の友情」というような言葉で説明してしまうのが申し訳ないほど、深くて清らかで、鮮やかだ。
『空中庭園』で家族というものが内包する「嘘」を斬った著者。シニカルでコミカルな筆致が特徴でもあるが、この作品では、本当に真正面から、30代の女性、彼女たちの10代の日々を緻密に積み上げている。
こんちくしょう、こんちくしょうと つぶやきながら自転車をこぐ小夜子。社長室で一人、膝を抱かえ、出てこない涙を誘うように「うえーん」と声を出す葵。
そんな彼女たちの描写が、痛いほどのリアリティーとともに、胸に刻み込まれ、離れない。
この作品は、こんな一文から始まる。
「私って、いったいいつまで私のままなんだろう」――
大人と呼ばれる年齢になって、なんとか生き場所を確保して、なんとか日々をやり過ごしていて、それでも、ふと、心の中に、成長しない自分がまだ棲んでいる、そんな気がする・・・
そんな方に、ぜひ読んでいただきたい一冊である。
この本を買いたい!
恋をして、仕事をして・・・同時代に生きる女性の息吹を感じられる作品を探すなら、このジャンル。情報チェックは、「恋愛・純文学の作家ページ」で。
◆海燕新人文学賞を受賞しデビュー、以来、『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、『空中庭園』で婦人公論文芸賞と、受賞歴多数の角田光代さん。新鋭作家の中・長編(芥川賞は短編対象)に与えられる野間文芸賞受賞者には、こんな作家が・・・。◆
第15回『ノヴァーリスの引用』で受賞した奥泉光。『石の来歴』で芥川賞も獲りましたよね。公式サイト「バーナル主義」では、自作解説、ここでしか読めない作品も。
第25回『ファンタジスタ』で受賞した星野智幸。公式サイト「星野智幸アーカイヴス」では、発表済みのエッセイも順次アップロード。著作の購入もできます。
第26回『ぐるぐる回るすべり台』で受賞した中村航。公式サイト「中村航公式サイト」には、著作リスト、日記に加え、『リレキショ』に登場した歌の楽譜など、彼らしいコンテンツも。
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