■女性の母性と新たな目覚め。歴史の転換点に生きた女たちの群像
そう、壬生義士伝が、男雛なら、こちらは、女雛なのである。
『壬生義士伝』が使命感やモラルといったもので己を縛る男性を主人公にしたマッチョな物語であったのに対し、本作は、とにかく、女性たちが活躍する。
主人公の糸里はじめ、芹沢一派の隊士に心を寄せる芸妓・吉栄、芹沢鴨とせつな的な逢瀬を重ねる商家の後妻・お梅、浪士組の宿舎となった壬生郷士屋敷を差配するおまさ、おかつ・・・。
彼女らは、けっして、新撰組隊士たちの添え物ではなく、それぞれにそれぞれの視線で新撰組を見つめている。
この物語に描かれる新撰組は、女性の視点から見た「新撰組」だと言っても過言ではないだろう。
そして、彼女たちの視線には、時代や立場を超え、女性が本質的に有している(と作者がおそらく考えている)母性が滲んでいる。
酔っていない時は、庭の草木に心を寄せる静かな男である芹沢鴨をハラハラしながらみつめるおかつ、恋人にけっして多くを要求しない吉栄、そして、クライマックスの修羅場の真っ只中で、土方歳三の暗い本音を見抜き、命を賭けて諭す糸里・・・年齢や子供の有無に関わらず、どの女性にも普遍的な強さが付加されているように思える。
と同時に、著者は、主人公・糸里に、近代的な自我への目覚めをも体験させている。
「自分は自分にしかできない生き方をする」――ラストで、彼女の下す決断は、哀しくも凛々しく、女性読者の胸を打つことだろう。
■新撰組マニア、不案内な読者、読み巧者。それぞれへのお楽しみが、ちゃんと・・・
芹沢暗殺に関する新解釈や、数ある新撰組ものの中でも良く書かれたことのない芹沢鴨という人物に対して与えた陰影など、新撰組マニアにとっても、お楽しみはいっぱい。
逆に、新撰組に関する前知識がほとんどなくても、ちゃんと楽しめる。
小説の技法としても、語り手の設定などがきわめて巧妙で、著者の手練れぶりに、改めて瞠目させられる。沖田総司の視点で語れる暗殺シーンは、これだけでも完成度の高い短編小説として通用しそうな出来栄えで、読み巧者をもうならせるだろう。
このあたりのサービス精神、それを具現化できる筆力・・・大衆小説の最高峰である直木賞が、これほどふさわしい書き手もそういないだろう。
この本を買いたい!
確か、今週あたり、佐藤浩市=芹沢鴨が・・・解釈の違いに注目するのも楽しいかも。TVドラマのチェックは、「大河ドラマ『新撰組!』公式ページ」でチェック!
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