『黒冷水』
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■兄弟間の透き通るほどの黒い憎悪。それを表現しえている著者の恐るべき武器とは・・・
第140回文藝賞受賞作は、タイトルどおり、とても黒い作品である。しかも、その黒さは、茫々たる黒さではなく、強烈に密度の高い黒さなのだ。
この作品で描かれる世界は、高校生と中学生の兄弟が暮す家庭にほぼ限定されている。兄・正気の部屋を「あさる」弟・修作。机の中、サイドラック、本棚、段ボール、カバン、パソコンのハードディスク・・・あらゆるところをあさり、エロ本屋や兄の恥を収穫する。
彼が、尊大で、チクリ魔の兄を憎んでいることは言うまでもない。
一方、兄の正気は、修作が、自分の部屋をあさっていることを知っている。自分より偏差値の低い学校に通っている修作が、そのレベルを誤魔化すために両親にホラを吹いていることを知っている。少女アニメのキャラクターに性欲を刺激されているのを知っている。
そして、そんな弟の精神的な幼さを憎んでいる。第三者のいない家庭で、その幼さが正当化されることを憎んでいる。
ひょんなことから、その憎しみをスクール・カウンセラーに相談することになった正気は言う。
「僕は、世間体のために兄弟の仲を円滑にしたいんです」――
自分が弟になったつもりで兄の悪口をいうという療法を施され、兄弟の仲が悪くなった原因を知ったことで、正気は、一瞬、弟への憎しみから解放されるのだが、数時間もたたないうちに・・・
――冷たいものはやがて心臓に穴を開けた。(略)冷たい流動体は、心臓にあいた穴からじわじわと周りを侵食している。(略)流動体、という表現も間違っている。もっとサラサラしていて、澄んでいる。黒の原色であって、尚且つ澄んでいる。そしてそれは、凍えるほどに冷たい
黒冷水。――(本書より)
弟への憎しみをよりつのらせる正気は、エグイやり方で弟をはめ、そのことが、とんでもない結末を呼び込むことになる。そして、その結末に「ドンデン返し」があるという、若干凝った構造になっている。だが、私は、この小説の真価は、そこにはないと思う。
また、帯に「この憎悪はどこから生まれたのか?」というキャッチコピーが謳われているが、高校3年生である著者が心のうちに黒い憎悪を飼っていることに驚愕しているわけでもない。(そういうことを特殊だ、恐るべきだ、という評するのは、年少のものほど純粋だという「大人」の誤謬であろう)
私がこの新鋭に「恐るべきもの」を感じる理由は、ひとえにその執拗な描写力にある。
彼は兄・正気の部屋を、彼の自己認識を、修作のストーキング行為を、とにかく、細部まで、ひたすらに、執拗に、執拗に、描写する。
例えば・・・