■男と女が求め合い、執着しあい、ともに生きるとは? 本質的な問いに挑む
それは、ハードボイルド小説お定まりの過去の因縁でも復讐心でも野心でもない。
たった一人、たった一人の女の存在である。
海辺で釣りをする龍の前に突然現れ、去った女。杏奈と名乗った女は、隣家が家事になった夜に再び現れる。その美貌にひかれ、しばらくの間ともに暮らしてほしいという彼女の申し出を受け入れた龍。彼の心のうちに異性への思いが久しぶりに湧き上がる。だが、そんな思いを知ってか知らずか、杏奈は突然姿を消す。
龍は、杏奈がCIAともつながっているという噂のある多国籍企業で日本人社長の秘書をしていたことを突き止め、彼女の行方を追う。
春から夏に向かう外房から軽井沢へ、夏から秋に向かう東京、石垣島へ・・・。
「ハードボイルド・オールスター」たちと龍との熾烈なせめぎあいの描写は、スピード感とスリルにあふれている。次第に明らかになっていく事件の全貌もスケールが大きく、読む者を最後まで秋させないあたりは、さすが、というほかはない。
しかし、本作品において、著者が、主人公と対峙させようとしたものは、組織ではない。社会の暗部に救う巨大な悪でもない。
龍が対峙するのは、自分、いや、自分の内に沸き起こる一人の女性への気持ちなのだ。それは、時としては欲望の形を取り、時としては執着の形を取る。もちろん、それらをすべて含めて、恋愛感情と名づけるのは容易い。だが、龍は、そして、著者は、そう呼び習わせられている感情の実態の底まで潜っていこうとする。
男にとって、女を求め、女を恋い、女とともに生きるということはどういうことなのか?女にとっては?
この作品を通じて、著者は、多くの恋愛小説のみならずエンターテイメント小説の「前提」となっていることをあえて問い掛けているのだ。
だから、当然、龍と杏奈にはお定まりのハッピーエンドは訪れない。
お定まりの悲劇的な結末も訪れない。
事件が一応の終結を見たとき、杏奈が選択した道は・・・。
これ以上の説明は、ネタばれになる。だが、一つだけ、個人的な感想を。あまりにもビジュアル的に美しく描かれすぎて、同姓として今ひとつ共感できなかった杏奈だが、このラストで、ぐ~っと心が寄った。
ともあれ、著者にとっては明らかに新境地とも言える作品だと言えるだろう。
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大沢在昌、京極夏彦、宮部みゆき。超人気作家3人が所属する大沢事務所。彼等の情報チェックならまず「大極宮」へ。
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