『孤宿の人』
宮部みゆき、最新時代長編。四国の小藩に押し付けられた稀代の大罪人。その存在が奔流を生み、けなげに生きる少女を飲み込んでいく・・・

『孤宿の人』(上)(下)
・宮部みゆき(著)
・価格:各1890円(税込)

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■四国の小藩でやすらぎを得た不遇な少女。その運命を狂わせたのは・・・

宮部みゆき 待望の新作。『ぼんくら』『日暮し』という連作長編も大好評、すっかり時代小説づいている彼女。今回の新作は・・・

世は、将軍・家斉の治世。江戸から遠く離れた四国、讃岐の国、丸海藩。山と海に囲まれた小藩の「匙」と呼ばれる藩医のひとり、井上家にひとりの十足らずの少女が下女として働いている。少女の名は、ほう。誰からも望まれずこの世に生れ落ち、阿呆の「ほう」という名を付けられた不幸な少女。彼女は、幼くして奇しき運命に流され、この地へたどり着き、井上家にと預けられたことで、ようやく人並みな暮らしを得る。

だが、海に天候の異変をあらわす小さな波=海うさぎが立った夏のある日、変事が起こる。ほうが慕ってやまなかった井上家の一人娘・琴江が毒殺されたのだった。

その直前に、上級藩士の一人娘・美祢が琴江を尋ねてきていたことを目撃していたほうだが、美祢は身に覚えのないことだと主張し、のみならず、琴江の兄の若き医師・啓一郎はじめ、井上家の人々も、琴江の死は、病死だと言い張るのだった。混乱する、ほう。
結局、井上家を追い出された彼女を助けたのは、町役人の下部組織である引手の見習いの少女・宇佐だった。宇佐は、ほうを信じ真相を探ろうとするが、宇佐がひそかに心寄せる啓一郎や、琴江を思慕していた町役人の渡部一馬たちに阻まれる。
彼らは、なぜ、無念の思いを押し殺しながらも琴江の死の真相を隠蔽しようとするのか。背後には、ある人物の存在があった。その人物こそ、まもなく、江戸の幕府から丸海藩が命じられお預かりすることになっているひとりの罪人、将軍家斉の寵愛を受け、勘定方奉行という重職にありながら、乱心の末、妻子、家来を殺害したとされている船井加賀守守利だった。

悪鬼と恐れられる彼を迎えた丸海藩。その夏は、例年以上に雷害が多く、町には、加賀守の家人毒殺という悪行を彷彿とさせるような流行病はじめ、さまざまな不審事が勃発する。
そんな騒ぎの中、宇佐に預けられ、彼女をおあんさま=姉さまと慕うようになったほうに、またもや、運命の変転が。井上家の当主のある思惑により、加賀守が幽閉されている「涸滝のお屋敷」に下女として奉公に上がることになったのだ。

ほうの運命は?ほうを案じながら、否応なく騒ぎに巻き込まれていく宇佐は、ほうと再会できるのか? 丸海の地を襲う様々な不審事の真相は?

■大悪人にして貴人――中央からの押し付けられた厄介な「お荷物」が浮かび上がらせる政治・社会の軋轢。市井ものとは異なるスケール感ある物語

罪人といえど粗略にはできず、されど、尊べば彼に罪を下した幕府に対する不敬となる。地方の小藩が幕府から託された、貴人にして大悪人という厄介な「お荷物」。治世者の緊迫と困惑は、城下の町へと流れこみ、そこで起こる混乱が、再び、城内へと帰っていく。その海流のごとき流れが、城内で、城下で、今までやり過ごされてきた様々な対立や悪意を水面へと浮かびあがらせる。
中央(幕府)の地方に対する締め付け、藩主の地位を脅かそうとする者の存在、士分の家での家督争い、新興産業である染織業に従事する層とそれに対抗しようとする層の対立、はたまた、一人の女の恋の怨み・・・

『ぼんくら』『日暮し』、はたまた「霊験お初」シリーズなど、江戸の町を舞台にした、いわゆる市井もので高い評価を得ている著者だが、本作で「悪鬼怨霊と化した貴人」という存在を核に、小藩という一個の「国」の政治的・社会的な状況を緻密に描き出す。

だが、著者の視線は、けっして、社会や政治の構造そのものにあるのであるのではない。