MICABOXとは?

7月28日、日比谷野外音楽堂で開催された音楽祭『細野晴臣と地球の仲間たち』は、心に残る夏フェスでした。YMOの三人に『細野晴臣トリビュート・アルバム- Tribute to Haruomi Hosono -』参加メンバーでステージは、細野さんの還暦祝いもかねて細野祭が繰り広げられました。
『細野晴臣と地球の仲間たち』パンフ


そのオープニング・アクトを飾ったのが、MICABOXです。MICABOXほど、日本の祭に相応しいユニットはいないでしょう。MICABOXの三上敏視さんにQUOTATIONS時代、お神楽、そしてMICABOXのお話を伺いました。なお、MICABOXは今冬リリース予定の細野晴臣トリビュートアルバムの続編的コンピレーションにも参加します。
MICABOX in 日比谷野外音楽堂



裏YMOカヴァー(1)~風の谷のナウシカ

札幌駅裏八号倉庫から

ガイド:
三上さんのプロフィールを拝見したところ、聞いてみたいことがいっぱいです。せっかくなので、三上さんの音楽活動の軌跡を辿りながら、現在のMICABOXの話までお伺いしたいと思います。音楽活動は札幌で始められて、QUOTATIONSとしての活動となるわけですね。以前、札幌で活動していた“いまさらイスラエル”の三島さんから札幌駅裏八号倉庫の話を聞いたのですが、当時の駅裏とはどんな所だったのでしょう? 対バンしたバンドとかと交流などはあったのでしょうか?

三上:
札幌駅裏八号倉庫は、当時公演場所の確保に苦労していた地元劇団がフリースペースの必要性を、当時僕たちが居酒屋「エルフィンランド」を拠点にやっていたタウン誌「DIGGER」で訴えたことをきっかけに、映画の自主上映グループや、ライブ制作者、バンドなどが集まって札幌駅近くにあった札幌軟石の石造り倉庫を借りて運営を始めました。

プロデュース感覚の優れたメンバーが集まったので、「倉庫まつり」みたいなイベントを組んで、音楽、演劇、映画、ダンスなどが日替わりで行われて、かなり盛り上がりました。その後、賃貸契約の都合で別の場所に移り、そこの契約が切れるまで運営しました。ローカル文化がメジャーに飲み込まれる過程でもあったと思います。

QUOTATIONSは対バンははっきり覚えていませんが、僕らはフリクション、S-KEN、チャンスオペレーション、ゼルダなど、東京ロッカーズ系のバンドとよくやり、予算がなかったので当時一軒家を借りていた僕の家に泊まった人も多いです。今でもつき合いのある人はいます。