音楽がパーソナルユースなものになってきて、ひとつの「うた」が世の中を動かす原動力にはなかなかなりえない時代ではありますが、この時期、ちょっと耳を傾けて欲しい、そんな1曲があります。
2006年8月15日まで期間限定で配信されている、元(はじめ)ちとせの「死んだ女の子」。
広島の原爆に焼かれてしまった女の子からのメッセージという形で原爆の悲劇を伝える反戦歌です。
歌い継がれてきた「死んだ女の子」
元ちとせ 『ハナダイロ(DVD付初回生産限定盤)』 「死んだ女の子」をボーナス・トラックとして収録した初回生産限定盤。 |
オリジナルの歌詞はトルコの社会派詩人ナジム・ヒクメット(Nazim Hikmet)によるもの(原題「小さな女の子(Kiz Cocugu)」)。作曲はNHK交響楽団の正指揮者であり作曲家でもある外山雄三。編曲は坂本龍一が手掛けています。
元ちとせが歌っている歌詞はロシア文学者の中本信幸が翻訳したもので、高石友也のヴァージョン※も知られています。「あけてちょうだい」という歌詞から始まるこの訳は、平和な世の中に早くしてほしいと願い続ける「死んだ女の子」からのリアルで直接的なメッセージとして聴く者の心を揺さぶります。
※高石友也 『想い出の赤いヤッケ 高石友也 フォーク・アルバム第1集(+4)』
1967年発売の1st.アルバム。日本のフォーク名盤として知られている1枚です。「死んだ女の子」の収録はPete Seegerの影響大。ほぼ同じ詩を違う曲に載せ歌ったPete Seeger「I Come and Stand at Every Door」(『Headlines and Footnotes』に収録)はBirdsがアルバム『Fifth Dimension』で、This mortal coilが『Blood』で取りあげています。
並はずれたヴォーカリストの元に素晴らしいスタッフが集結した
元ちとせ「死んだ女の子」プロジェクト
結婚~出産を経験し、確かな説得力をもってこの曲を歌いきった元ちとせは奄美出身のヴォーカリスト。デビュー曲「ワダツミの木」はかなりのヒットを記録したのでご存じの方も多いでしょう。「死んだ女の子」へのチャレンジはデビュー前のデモテープ時代に遡り、その時点では「まだ歌いきれていない」という理由で保留になっていたそう。彼女のヴォーカリストとしての成長を見守り、機が熟した時点でゴー・サインを出したのが森川欣信。元ちとせの所属事務所オフィス・オーガスタのボスであり、「元ちとせの声は涙で出来ている」という名言を残した人。ある世代にはRCサクセションのディレクターだった事でも知られている方です。アレンジを誰に頼もうかという段になった時に森川氏に坂本龍一を推したのが(やはりオフィス・オーガスタ所属の)山崎まさよしだったという逸話も残っています。
坂本龍一 『UF』 手掛けた映画音楽の数々からの20曲を本人が選んだベスト・アルバム。 |
個人的には、ヴォーカリストとして、POPアーティストとして並はずれた才能と魅力を持つ彼女のアルバムに、たとえボートラ扱いだろうとこのヘビーな楽曲を収録してしまうのはいかがなものかという気持ちが強くありました。
しかし13曲目、アルバムの最後に収められている「死んだ女の子」が終わると、1曲目、有名なクローン羊の事を唄った「羊のドリー」を聴き返さずにはいられない自分がいました。アルバムを通して聴くと、その根底に流れる「生」というテーマが浮かび上がってくるのです。
元ちとせの「死んだ女の子」。
数字に追われているサラリーマンの方も、家事に追われている主婦の方も、未来への不安に駆られているニートの方も、ちょっと耳を傾けて欲しい。そんな1曲です。2006年8月15日、終戦記念日までの期間限定配信。購入すれば、その利益はユニセフへ寄付されます。
■ 「死んだ女の子」 2006年8月15日までの期間限定配信
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【All About内関連リンク/記事】
- All About J-POP 日本のワールド・ミュージック
沖縄音楽、ボサノヴァ、ラテン等をやっている日本人アーティストのリンク集。元ちとせと同じ奄美出身ということだけで見ても、多くの素晴らしいアーティストがいるのです。
- 元ちとせ
オフィス・オーガスタによるオフィシャル・サイト。最新情報やプロフィール、ディスコグラフィー等。女性らしい文体の「DIARY」もあります。 - 坂本龍一 sitesakamoto
活動情報などの他、青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場の危険性を訴える「STOP ROKKASHO」サイトへのリンクもあります。英語/日本語でポストされるblog『ひっかかり』はこちら。 - 外山雄三 音楽の風景
オフィシャル・サイト。クラシック界の重鎮らしい気品ある文体で書かれた「essay」や「diary」が面白い。