今回のテーマは夏休みのドライブのお供にぴったりの「ボサノヴァ」。ポルトガル語で「新しい感覚」といった意味を持つこの音楽。聴き方によってはジャズよりもはるかにディープな楽しみ方ができる、深みのある音楽です。
ご紹介するのはボサノヴァファンにとっては定番中の定番ばかり……ですが、ジャズガイド独自の切り口でご紹介してみたいと思います。
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元祖「ちっちゃい声攻撃」――アントニオ・カルロス・ジョビン
■アントニオ・カルロス・ジョビン『イパネマの娘』本作の邦題(アルバム原題はThe Composer of Desafinado,Plays)ともなっている「イパネマの娘;The girl from ipanema」は、聞けば誰もが知っている名曲。ビートルズの次にカバーが多いといわれるこの曲に象徴されるように、ボサノヴァは誰もが口ずさめる、美しくて親しみやすい旋律を持っていました。
ちなみに本作にも収録されている「Chega de Saudade(No more bluesという表記もあり)」という曲は、一般に世界で初めての「ボサノヴァ」曲と言われています(1959年初出)。
■アントニオ・カルロス・ジョビン『The Wonderful World of Antonio Carlos Jobim』
いずれにしてもあまり技巧的なことをやらない人ではあるのですが、あえて「上手下手」で言うなら、本当に「上手」なのはピアノぐらい。しかしながら、圧巻なのはその歌心です。特にヴォーカルに関しては、ロックの人が聞いたら卒倒しそうなぐらいの小声でささやくように歌います。
本作『The Wonderful World of Antonio Carlos Jobim』では、そんなジョビンの小声ヴォーカルを堪能できます。
思うに、ジョビンは必ずしも小声で歌おうとしているわけではありません。声を張って下手にボーカルが際立ってしまうよりは、ボサノヴァ独特の和声とタイム感のアンサンブルを楽しむ。そうした大人の余裕が、ジョビンのヴォーカルには感じられます。
無論、彼のヴォーカルの専門家ではない、という事情もあると思いますが、異様に音数の少ない彼のピアノプレイを考えてみても、彼の美意識はアンサンブルの調和を重視しているように思います。それゆえ、ヴォーカルもおのずと抑制の効いたものとなるのではないでしょうか。
■アントニオ・カルロス・ジョビン&エリス・レッジーナ『Elis&Tom』
アントニオ・カルロス・ジョビン&エリス・レッジーナ『Elis&Tom』 74年作品。ジョビンとエリスの歌声が絶妙に絡み合う「三月の雨」のほか、珠玉の名演がつまった文句なしのボサノヴァ名盤中の名盤。 |
本作の象徴的ナンバーは何といっても「三月の雨;Aguas de Marco」です。ピアノ、ギター、パーカッションに載せて、エリスとトム(ジョビンの愛称)のヴォーカルが絡み合います。
実は、私もこのギターとヴォーカル、再三コピーしているんですがなかなかモノになりません。音楽構造的にそんなに複雑なことをやっているというわけではないんですが、なんとも名人芸的な「ノリ」で、バックの演奏とボーカル、ボーカルとボーカルの掛け合いが絡み合っているのです。
ボサノヴァのノリと歌心を堪能できる一枚。本当に美しい作品です。
次ページでは、ボサノヴァミュージックの足元を支えたもうひとりの天才を紹介!