偉大なジャズメンを紹介するシリーズ『Jazz Giants』1回目は、惜しくも今年8月、その生涯に終止符を打ったライオネル・ハンプトン(Lionel Hampton)の特集です。アメリカでは絶大な人気を誇ったハンプトンでしたが、日本での知名度は今ひとつ…。その知られざる偉業を紹介したいと思います。
1908年4月20日ケンタッキー州ルイビル生まれ。父、チャールス・ハンプトンはピアニストでシンガーだったという。 第一次大戦後、両親を失ったハンプトンは、10代でドラム奏者としてデビューする。そしてドラマーとして呼ばれたルイ・アームストロングとのレコーディングの休憩中、アームストロングの進言で脇にあったビブラフォンを弾き始めたのがハンプトンとビブラフォンの出会いだった。
30年代にビブラフォン奏者として最初にレコーディングした“Memories of You ”が空前の大ヒット。また、その演奏を聴いたスイングの王様ベニーグッドマン(クラリネット)は、ただちにハンプトン、テディ・ウィルソン(ピアノ)、ジーン・クルーパ(ドラム)というメンバーでレコーディングを行う。“Dinah”“Moonglow”“My Last Affair”“Exactly Like You”などのヒットを飛ばした。このベニー・グッドマン・カルテットは、当時最高のテクニック、音楽性、新しさを兼ね備えたグループであると共に、前例の無い、人種の壁を超えたバンドとして今も語り継がれる。
独立後は、自己のオーケストラで“Sunny Side of the Street”“Central Avenue Breakdown”“Hamp's
Boogie-Woogie”やテーマソングでもある“Flying Home”などの大ヒットを生み出す。
またハンプトンのバンドから多くのジャズミュージシャンが巣立っている。ざっと紹介すると、トランペットのクリフォード・ブラウン、キャット・アンダーソン、アート・ファーマー、ファッツ・ナヴァロ、クラーク・テリー、クインシー・ジョーンズ(編曲も)、サックスのデクスター・ゴードン、イリノイ・ジャケー、ギターのウェス・モンゴメリー、ベースのチャールズ・ミンガス、歌手のジョー・ウィリアムズ、ダイナ・ワシントン、ベティー・カーター、ジミー・スコット、アレサ・フランクリン…
これら卒業生は、後のジャズ界に大きな影響力を持つに至ることは言うまでも無い。マイルス・デイビスやアート・ブレイキーなどと同様に、若いミュージシャン達を育て上げた業績は今後も語り継がれるであろう。
80年代に入り、アメリカの親善大使や国連の音楽大使に任命されたほか、研究基金や大学奨学金などの設立など、公共事業にも力を入れる。晩年は、オーケストラを率いて、各地を勢力的に巡業していたが、95年に発作を起こし、体調が思わしくない状態が続いていた。
そして2002年8月31日、心臓疾患の為ニューヨークの病院で死去。享年94歳。
ファンキーで愛らしい歌声を披露するハンプトンの姿が目に浮かぶ。ビブラフォン奏者として、また、教育者としてその生涯を閉じたライオネル・ハンプトンは、ジャズの枠を超えたエンターテイナーとして広く大衆に親しまれ、愛されてきたのであった。
●Listen
Japanでライオネル・ハンプトンを試聴する。
●次回Vol.2は、 クリフォード・ブラウン(トランペット)。25年という生涯にアーカイブされたその偉業を紹介!