テクノポップでデビュー
歌手としてのイ・ジョンヒョンが広く知られたのは2000年のことでした。
韓国総選挙のテーマソングに彼女の「パックォ!」が使われたのです。
「パックォ」とは、韓国語で「変えろ」の意味。
学生運動世代のいわゆる386世代が台頭し、古い政治から新しい政治へと、
政治の世代交代がテーマとなった00年の総選挙に
新しい時代を象徴する歌として彼女に白羽の矢が立ったのです。
新しい時代の象徴…
それもそのはず、彼女の歌手ビューは映画にもまして衝撃的でした。
99年にGoofyの「ゲームの法則」のミュージックビデオに出演したのをきっかけに、
歌謡界でも注目を浴びるようになり、歌手に。
ミュージックビデオの彼女は、宇宙人のようなサイバー衣装、
頭にかんざしを挿した李朝時代風衣装などをまとい、
小指の先に小型マイクをつけて歌うなど、
「新世代」を体現したスタイルだったのです。
こうして書くと彼女の活動は支離滅裂のようにも見えます。
でも、イ・ジョンヒョンの個人史は、
韓国の歴史を映し出しているといっても過言ではない、と私は思うのです。
イ・ジョンヒョンは80年生まれ。
奇しくも同じ80年に起こった光州事件の悲劇の主人公を演じながらも、
彼女自身にその時代の記憶はありません。
イ・ジョンヒョン自身は
90年代後半に民主化の産物として脚光を浴びた新しいタイプの若者「新世代(シンセデ)」であり、
斬新なスタイルのダンスと歌で、
386世代が躍進した00年総選挙のシンボル的存在となりました。
そして、2004年大晦日。
イ・ジョンヒョンは海を越え紅白の大舞台に立ちます。
彼女の歌を聞きながら、
韓国エンタテイメントが日本と韓国の距離を急速に近づけたこの一年を振り返り、
彼女に重なる韓国の歴史に思いをはせてみるのはいかがでしょうか。
■関連サイト
イ・ジョンヒョン公式ホームページ
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。