ドラマのお仕事の第2弾は『OLビジュアル系』『お見合い結婚』などコメディを得意とし、自身のサイトも好評、フリーの演出家、高丸雅隆さんです。

高丸雅隆
1965年3月20日生まれ
香川県出身
関西大学工学部中退

――いつごろ演出家になろう、と思ったんですか?

かなり遅くて大学4年、その時はテレビドラマではなくて映画監督志望でした。それまではマンガ家になりたくて家にこもって書いてたんですがある時ふっと考えたんです、1ページ描くのに7~8時間かかる、これからずっとこんなことをやっていくのか、本になる分量を考えるとめんどくさくなって。それに比べると映画監督なら人の顔をとればいいんだから楽だろうと(実際は楽ではなかったんですが)。それですぐに大学を中退して東京に出ました。

――大学4年だったんでしょう、卒業まで待てなかったんですか?

大学中退にあこがれていたんです(笑)ちょうどそのころはやっていて。東京にいってとりあえずバイトしながら松竹シナリオ研究所に通いました。映画監督になるにはまず脚本を書けないといけませんから。

それから制作会社の求人をみつけてADとして入りました。その会社は年に1作ドラマをつくり後はカラオケビデオをつくっていたんですが、3年たってもドラマの仕事はさせてもらえなかったのでやめて独立しました。

その頃、Vシネマが始まった時で仕事は結構ありました。テレビドラマもやったんですが予算の都合で一つのセットでいろんなシーンをまとめて収録するいわゆるタメ撮りが多いなどルーティンで仕事している感じがあり、やっぱり映画がいいなと。

ところが、長渕剛主演の連続ドラマ『しゃぼん玉』(1991)で予定していた助監督のスケジュールが合わなくなり、この代わりを頼まれました。次が来るまでの一ヶ月だけのツナギということで渋々引き受けたんですが、この仕事で考えが変わりました。若松節朗監督(※注)を中心に若松チームというスタッフ集団がいて、映画的に仕事を進めていてすばらしい。

考えてみると当時の映画はだいだい制作費1億だったけど、フィルムや現像代などがかなりの部分を占めています。それに対してテレビでもスペシャルなものなら予算は負けないし、ビデオ収録でフィルムよりも費用がかからないことを考えると、クリエィティブなところにはテレビドラマの方が予算をかけられるんです。

それでしばらくテレビドラマに身を投じてみようと、そのまま3年間、若松チームのチーフ助監督をつとめ、関西テレビで4話連続のミニシリーズ『いい日旅立ち4つの卒業』(1996)の3、4話で監督になったわけです。

(※注)若松節朗監督――80年代から活躍するベテラン演出家。昨年は『やまとなでしこ』、映画『ホワイトアウト』と大ヒットを飛ばす。