ハーロウ:アカゲザルの「隔離飼育」実験
個体の発達の初期における触経験の役割の重要性を、「刺激剥奪怯」により最も明確にしたのは、有名なハーロウ(Harlow、H.F.、1971、1978)のサルの「隔離飼育」の実験であろう。初期の研究過程で、母親から離された生まれたばかりのアカゲザルの子どもが、床の布カバーやケージを覆っている布製のクッションに強い執着を示すことに気づき、この観察から一連の実験が始まったといわれている。すなわち、離された母親の代わりに2つの母親人形(布製と針金製)をつくって与え、どのような対象あるいは刺激が赤ん坊に愛着を生じさせるかを明らかにしようという実験である。ハーロウの一連の実験は、その成果として、サルの子どもには生後まもない時期にやわらかい肌ざわりに対する強い接触欲求があること、子の母への結びつき−愛着(attachment)の形成の要因は、生理的欲求を満たす授乳などの一次的要因によるというよりも、しがみつきによる接触経験などの二次的要因が重要な役割を果たしていることなどを明らかにした点にあるといわれでいる。
この研究結果は世界的な関心を呼び、人間の子どもの発達、特に母子関係の発達に関し、大きな示唆が与えられるところとなったといわれてきたが、次のような事実も注目されてきた。つまり、隔離される時期にも関係するが、実験のサルは、たとえ身体的健康については一定の水準を保つことはできても、成長後も母ザルといっしょに育った赤ん坊には全くみられない行動上の異常を示したり、あるいは群れに戻っても回復し難い社会的適応上の困難さが現われたということである。これらのことは何を意味するのか。発達における触経験という場合には、どのような他の経験との関係において際だつものなのかということにも波及して考えることができるのではないか。つまり、サルが示したさまざまな行動上の異常その他が引き起こされた原因は、第一に、触れるだけはなく、相手から触れられるという「触経験」の剥奪によるものであり、第二に母子分離による母性的養育の欠如という「養護経験」の剥奪、そして第三に、種の他の仲間と接触する経験をもたず、社会的環境から孤立するという「社会的経験」の剥奪という、諸経験のからみあう環境における初期経験の影響として考えられなければならない。最近は、さまざまな動物実験や動物観察をひきあいにして、身体や行動上の発達障害への対応のみならず、より健康な発達を促すために、子どもがいろいろな形で受ける初期経験としての触経験の重要性を指摘する研究も多くなってきた(モンタギュー Montagu.A、 1980)。しかし、強調されなければならないのは、臨床方法に適用しようとする場合にも、それらの結果を短絡的に解釈し、ブラシやタオルなど物や無生物による感覚刺激を用いることによってのみ効果を間うことではなく、養護経験・社会的経験との脈絡における触経験として位置づけていくことの重要性であろう。そこで、次に、人から、特に特定の養育者としての母から受ける触経験の意味は何かということをより深く掘り下げて考えてみる必要がある。
上記の文章の引用先:
母子関係の発達における触経験の意義
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