実は、この老人も相当な剣幕です。彼の言い分を推し量ってみると・・。
「おめえら、なんちゅうスピードで走ってるんじゃい。ワシは毎日家から農場までこの道を使っとる。危ないったらありゃしない!」
老人の心境は、おそらくはこういうものだったのでしょう。そこでボクはハタと気づきました。ややもすると日本人である我々は、こういうイベントを文化的なものとして無条件にあがめる傾向にあります。日本でも同様のイベントがありますが、なかなか理解が得られないという嘆きも伝わってきます。
でも、果たして、本国イタリアでもそんなに無謀なことが許されるものであっていいのでしょうか?街を通過することに反対する人もいるはずです。そういう声を、ひょっとして無視して成り立っているのではないでしょうか。そして、イベントが認められているという虚像の上に、参加者たちの無謀な運転(ブラインドコーナーでも平気で突っ込んでいきます)が容認されているということはないのでしょうか。
日本でのイベントでも、交通違反を平気で犯す人がいるそうです。そういう人たちは公道で行われているイベントであることを忘れ、そして自分たちが本物の文化を背負い込んでいると勘違いし、理解できない人を侮り、ワケの分からない大義名分の元、堂々と交通違反を犯すのではないでしょうか。