F1/F1(フォーミュラ1)について

フォーミュラカーの時代による変遷(4ページ目)

モータースポーツ基礎講座(その2)。F1マシンは常に進化を続けています。一口にフォーミュラカーといっても時代によってその形状を大きく変化させてきました。その変遷をご紹介します。

辻野 ヒロシ

執筆者:辻野 ヒロシ

モータースポーツガイド

ターボエンジンのハイパワー時代が到来!

F2で実力を証明したホンダは1983年、V型6気筒DOHC4バルブツインターボエンジンでF1に復帰。60年代の第一期F1活動とは異なり、80年代から90年代にかけての第二期は「エンジン供給」という形での参戦となりました。
1983年にF1に復帰したホンダ。スピリット・ホンダ201C

1982年にジル・ビルニューブの死亡事故など大事故が相次ぎ、天井無しに速くなっていくコーナリングスピードを抑えるため、83年にウイングカーが禁止となりフラットボトム規定が導入されました。これはフロントタイヤ後端からリヤタイヤ前端までの底面は平ら(フラット)でなくてはならないという規定です。

ウイングカーの禁止でフロントウイング、リヤウイングの重要度が増し、1980年代中盤のF1マシンは非常にシンプルなデザインになりました。
1987年に最強を誇ったウィリアムズホンダFW11B

ウィリアムズFW11Bは今のF1に比べて随分とずんぐりむっくりした印象ですね。80年代中盤はターボエンジンの大激戦時代。空力よりもエンジンパワーが主役だった時代です。

マシンのシャシーを構成する素材として80年代はカーボンが主流となったことも忘れてはいけません。マシンの安全性は大幅に向上し、1000馬力を超えたといわれる超モンスターパワーのターボパワーに耐えられるマシンになっていきました。
1988年にはマクラーレンにエンジンを供給。翌89年には最強に。
マクラーレンMP4/4 (写真提供:本田技研工業)

カーボンモノコックを他に先駆けて採用したマクラーレンはシャシーのデザインで先を行くチームでした。風洞実験で得られたデータとマシンデザイナーの勘が存分に活かされ、F1マシンはどんどん戦闘機然としたシャープな形になっていったのです。
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