その昔、江戸時代の庶民には「講」を組んで、周辺の神仏へお詣りの旅に行くという習慣がありました。

行き先は富士山、御嶽山(東京都)、三峯山(埼玉県)など各所に散らばりますが、中でも人気が高かったのは、伊勢神宮(三重県)への「お伊勢参り」と大山(おおやま、神奈川県)への「大山詣で」。特に「大山詣で」は、江戸より往復2日で行けることから手軽で人気のコースだったと言われています。

時は現代に変わり、交通機関の発達もあって、東京から大山までは片道2時間程度で行けるようになりましたが、大山に対する信仰は昔と変わることなく、今もたくさんの人が訪れています。

今回は、神奈川県伊勢原市にある信仰の山、大山より大山不動尊(大山寺)をご紹介します。11月中旬を過ぎると寺の周囲が目にも鮮やかな紅葉で包まれるとても素敵な場所なのです。

 

関東三大不動尊にも数えられる名刹、大山不動尊

大山不動尊(大山寺)の紅葉(1)

大山不動尊の紅葉。鮮やかな紅葉に覆われた石段を登り、本堂へ参詣します(2000年11月25日撮影)

信仰の山、大山は丹沢山塊に位置する標高1252メートルの山。東京都内や東海道新幹線、小田急線の車窓からも良く見える美しい山容を持つ山です。

大山には、大山阿夫利(あふり)神社と今回ご紹介する大山不動尊(大山寺)があります。大山の山頂に大山阿夫利神社本社、中腹に大山阿夫利神社下社があって、今回ご紹介する大山不動尊(大山寺)は、大山阿夫利神社下社よりやや下に位置しています。 
大山不動尊(大山寺)の本堂

大山不動尊の本堂。1886年に建てられた由緒ある建物です(2015年10月撮影)

大山不動尊(大山寺、Yahoo! 地図情報)は、高幡山金剛寺(高幡不動、東京都)、成田山新勝寺(千葉県)と共に関東三大不動の一つにも数えられる由緒あるお寺。

その歴史をひも解くと、奈良・東大寺を開山に導いた良弁僧正が奈良時代に大山を開山したのが始まり。鎌倉時代になって、大山寺に不動明王像が安置されたことで「大山不動」として知られるようになります。

江戸時代、将軍家の乳母として二代将軍徳川家忠に仕えていた春日局が、家光を将軍とするよう大山不動に祈願し成就したというエピソードがあり、晴れて三代将軍となった徳川家光は大山寺への寄進を重ね、寺も大きくなりました。
大山不動尊(大山寺)の宝篋印塔

大山不動尊(大山寺)の境内にある宝篋印塔。11メートルもある巨大な青銅の塔です(2015年10月撮影)

その後、江戸時代末期の火事による焼失や明治時代初期の神仏分離、廃仏毀釈に伴う暴動での破壊を乗り越えて再建され、今に至ります。ちなみに神仏分離の際にそれまでの大山寺は大山阿夫利神社と名前を変え、大山阿夫利神社から少し離れた今の場所に大山寺が不動明王像と共に移動したとのことです。

 

それでは、大山不動尊(大山寺)の紅葉の風景を見に行きましょう。次ページに続きます。