会津・大内宿の地図
今回の行き先は、【福島】
町並みと蕎麦に注目!会津・大内宿
東海道、中山道などの五街道をはじめとして、江戸時代には国内各地を結ぶ街道が整備されました。それぞれの街道筋には、旅人を迎える宿場が多数置かれてにぎわいをみせたものの、明治以降の近代において都市としての発展や交通手段の整備などの様々な理由で、昔ながらの雰囲気を持つ宿場町は急速に失われていきました。

そんな中で時代の流れに乗らなかったため、昔の雰囲気をそのまま残せた宿場町もあり、現代に至って懐古ブームにより注目を浴びて多くの観光客を集める名所となった所もいくつかあります。

今回はそんな昔の宿場町の雰囲気を残す名所の中から、福島県にある大内宿(おおうちじゅく)をご紹介します。江戸時代の宿場町がそっくりそのままの形で残っていて、さらにここでしか食べることができない個性的な蕎麦(そば)もあるんですよ!

 

茅葺き屋根の家が建ち並ぶ宿場町

大内宿の町並み(1)
茅葺き屋根の家が整然と建ち並ぶ大内宿。江戸時代の町並みが現代まで残っています(1999年9月撮影)
大内宿Yahoo! 地図情報)は、福島県会津地方の下郷町にあります。白虎隊や鶴ヶ城などで知られる会津若松から日光を結ぶ会津西街道の宿場町として、多くの人の往来でにぎわいました。

 

大内宿の町並み(2)
宿場町の雰囲気を求めて、多くの人が大内宿を訪れます(1999年9月撮影)
会津西街道は、江戸時代に会津から日光まで最短で結ぶ街道として整備され、日光街道を通じて江戸へつながる道として重宝されましたが、その後会津と日光を結ぶ国道などの整備は湯野上温泉や芦ノ牧温泉を通る大川沿いに行われたため、峠越えを必要とする大内宿はメインルートからはずれてしまいました。

しかしメインルートからはずれたことが幸いし、江戸時代の宿場町の雰囲気がそっくりそのまま後世に残ります。昭和時代の後期には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定、昔ながらの宿場町の雰囲気を楽しみに多くの人が訪れる観光名所となりました。