江戸から大正、昭和の両国を偲ぶ、
庭園、公園も点在

かつては隅田川の水を引き込んでいたという池を中心に散策が楽しめる旧安田庭園

かつては隅田川の水を引き込んでいたという池を中心に散策が楽しめる旧安田庭園

江戸時代の両国を今に伝えるといえば、国技館の裏手にある旧安田庭園もそのひとつ。元々は元禄年間に徳川綱吉の生母桂昌院の弟、本庄宗資によって築造された大名庭園で、明治半ばには安田財閥の祖安田善次郎の所有となり、その後大正11年に東京市に寄贈され、東京都を経て現在は墨田区の公園に。関東大震災で大打撃を受けたものの、その後復元され、区民の憩いの場となっています。



旧吉良邸のほんの一部が公園になっている。周辺には勝海舟や芥川龍之介生誕の地、小林一茶旧宅などもあり、歴史散歩が楽しめる

旧吉良邸のほんの一部が公園になっている。周辺には勝海舟や芥川龍之介生誕の地、小林一茶旧宅などもあり、歴史散歩が楽しめる

もうひとつ、個人的に外せないのが1934年に地元の有志が土地を購入、本所松坂町公園として開かれた吉良邸跡地。ここには歌舞伎でも有名な忠臣蔵で赤穂浪士に討ち取られた吉良上野介義央の屋敷があったのです。公園といってもごくごく小さなもので、塀に囲まれた広場といった風情ですが、歌舞伎ファンだったら一度は覗いてみていただきたいものです。




横網町公園内の復興記念館。周囲にはマンションなどが建ち並び、当時の面影はない

横網町公園内の復興記念館。周囲にはマンションなどが建ち並び、当時の面影はない

両国に残されているのは江戸時代の記憶だけではありません。旧安田庭園のすぐ近くにある東京都立横網町公園は造成のさなかに関東大震災に見舞われ、避難してきた3万8000人もの人が犠牲になった場所。公園内にはその悲劇と復興を伝える復興記念館が作られています。園内にはもうひとつ、東京都慰霊堂も建てられていますが、これは関東大震災の被害者に加え、その後の第二次世界大戦中に下町エリアに大きな被害を与えた東京大空襲の被害者を共に慰霊するためのもの。今の日本に大きな影響を与えた大正、昭和の記録も残されている場所というわけです。


大江戸線両国駅に近い江戸東京博物館。目の前を走るのは清澄通り

大江戸線両国駅に近い江戸東京博物館。目の前を走るのは清澄通り

その意味では失われいく江戸、東京の歴史と文化に関わる資料を収集、保存、展示することを目的に平成5年に国技館の隣の開館した江戸東京博物館はこの地にあるのがふさわしい施設。高床式の変わった形の建物はいまや国技館と並ぶ両国の名所でもあり、近年は海外からの来館者も増えているとか。東京の歴史を知るためには一度は訪れてみたい場所です。

総武緩行線、東京メトロ大江戸線の
2駅2路線利用できる足回り

JR両国駅。こじんまりした、しかし歴史を感じさせる建物で、構内には飲食店などもある

JR両国駅。こじんまりした、しかし歴史を感じさせる建物で、構内には飲食店などもある

さて、話を現在に移し、両国のアクセスを見て行きましょう。利用できるのは総武緩行線と都営地下鉄大江戸線。まず総武緩行線ですが、この路線は中央・総武緩行線と解したほうが分かりやすいでしょう。路線自体は三鷹駅~御茶ノ水駅~千葉駅をつないでいますが、そのうち、三鷹駅~御茶ノ水駅間は中央本線の、御茶ノ水駅~千葉駅間は総武本線の一部となっています。総武本線自体は両国のお隣錦糸町駅から東京駅方面に向かっているので、両国から総武緩行線に乗ると秋葉原、御茶ノ水、飯田橋などを経て新宿へ向かうことになります。

JR両国駅から大江戸線両国駅に向かう、線路沿いの通り。飲食店が並んでおり、賑やかだが、ちょっと距離はある

JR両国駅から大江戸線両国駅に向かう、線路沿いの通り。飲食店が並んでおり、賑やかだが、ちょっと距離はある

次に都営大江戸線はご存知の通り、都心を回る環状地下鉄。2000年に全線開通していますが、それ以降、両国では不動産投資向きも含め、マンションが増加しています。ただし、JRの両国駅とは5分ほど離れており、また、地下通路などもないため、やや不便な印象も。両駅間はJRの線路に沿っており、片側には飲食店が並んでいます。


最後に気になる両国の住宅事情を見て行きましょう。