最近の名づけでは、情報の集めすぎで混乱する人が多く、また一部の傾向ですが、本人がいやがるような珍奇名前、また人に読めない、あるいは男女を間違えるといった大きな難点のある名前が個性的なように誤解されることがあります。
 

むやみに情報を集めるのは危険

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「かわいい赤ちゃんに最高の名前を!」と考えても、情報を集めすぎるのは要注意

情報集めというのは多くの場合は大切ですが、名づけにかぎっては情報を集めすぎるとウラ目に出ます。なぜなら、名づけというのは、まずご自分がどういう名づけをしたいのかという本音がはっきりしていなければならないからです。それがあいまいなまま情報集めをしても、必要のない話、有害無益な話をたくさん抱えこんでしまって、名づけが混乱してしまうのです。

名づけに関しては、知らなくてもいい、あるいはむしろ知らないほうがいいような話もたくさんあります。世間に流れる話、他人から口を出される話の多くは、失礼ながら専門家からみて「情報」といえるようなものではありません。せっかく良い名前がたくさんつくれる人が、なまじ情報を集めようとしたために、自分よりレベルの悪い話をたくさんかかえこんで、感性が悪くなってしまうというケースはとても多いのです。情報は量でなく「質」こそくれぐれも気をつけていただきたいものです。
 

個性をはきちがえるとただの迷惑行為に

これは全体ではなく一部の傾向ですが、本人がいやがるような珍奇名前、また人に読めない、あるいは男女を間違えるといった大きな難点のある名前が個性的なように誤解されることがあります。

これはモラルの二極化のためとも言われますが、心理的には「過剰適応」といって、他人の目を気にしすぎることから起きるのです。つまり個性を出せない悩みからくるもので、名づけの時、「常識から脱線するのが個性だ」と勘違いしてしまうのです。それは今ではむしろ陳腐な名づけになっています。

社会の人にとって、読めない名前、男女を間違える名前ほど迷惑なものはありません。そういう名前は人を混乱させ、カゲで笑われたり迷惑がられたりするだけで、親を「感性がいい」「賢い」と思う人などいないのです。
 

後悔先に立たず

人に読めない名前や、男女をまちがえる名前をつけてしまって、何年もたってから後悔する人もよくいます。でも時すでに遅しで、いったん戸籍に登録した名前は変えられません。いよいよ追いつめられて、裁判所に泣きついて名の変更の申し立てをする人もいますが、もし裁判所が改名を許可してくれたなら、それだけひどい名前だったということなのです。

裁判所が改名を許可することは、あることはありますが、「最後はその手がある
」などと思ってはいけません。ある日を境にわが子を違う名前で呼び、違う名前を書くことは、どれほど苦痛で、不便で、世間体の悪いことでしょうか。そしてそれは、どれほどお子さんの気持ちを混乱させ、親のイメージを台無しにすることでしょうか。名づけははじめから、お子さんのため、社会の人のためを思って、まじめにやるのが一番なのです。

※画像提供 子供や赤ちゃんのイラストわんパグ

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