ストレスで腰痛が悪化するのは、脳が痛いと感じているから。痛み止めが効かないことも、よくあります
このような症状は、決して嘘ではないのです。ご本人は、本当に腰の痛みを感じているのです。これは状況や気持ちによって腰痛を感じたり、全く痛みを忘れたりする、「慢性痛」特有の脳の働きが原因しています。
今回は代表的な慢性痛である慢性腰痛症を例に、情動と痛みのお話しをします。
回復しやすい急性痛・回復しにくい慢性痛
好きな旅行はいけるけど、仕事をするとすぐに腰が痛い。そんな経験はありませんか?
一方、慢性痛は、元々の痛みの原因が治り収束しているにも関わらず、痛みを訴えるようになってしまった状態。ですから多くの場合、血液検査、MRIやCT検査を行っても異常が見つかりません。その結果、患者さんは異常がないことでさらに不安を覚え、何か病気が隠れているのではないかという心配や恐怖心で、痛みに集中してしまいます。
また、天気や気持ち、ストレスによって、痛みの感じ方が変わるのも特徴の一つ。旅行など自分が好きなことは自由にできるのに、嫌なことをしようとすると痛みを感じるため、「勝手病」と言われてしまうこともしばしば。よって、患者さんは、本気で痛みを訴えても理解されないことに焦りと不満を感じます。そして、家族や周囲の人々に辛く当たってしまい、人間関係に悪影響を及ぼす場合もあります。何回も繰り返す腰痛や頭痛、肩こりは、慢性痛の代表例です。
急性痛から慢性痛への移行を起こす2つの要因
急性痛の時点では、炎症や原因となるはっきりとした病気があります。しかし、これが長期間治療しても治まらず、ずっと痛みを伴う慢性痛に移行してしまう場合、2つのポイントがあります。それが、発症因子と持続・増悪因子です。それぞれについて詳しく解説します。慢性痛を起こす「発症因子」
慢性腰痛症には、消炎鎮痛剤が効かず、抗うつ薬や抗不安薬が有効な場合があります
大脳辺縁系は色々な情報とこれまで蓄積した記憶から、今起きていることが良いことか嫌なことかを評価します。その評価を基に表情を変え、汗をかいたり心臓がドキドキしたり、体が固まる、などの行動を起こします。
大脳辺縁系の働きによって、同じ程度の腰痛に対しても、異なる反応が選択されるのです。例えば、この仕事はきつかったな、とか、あの人は苦手だな、という記憶はしっかり大脳辺縁系に残っています。好きな人と一緒の仕事のときに感じていたものと同じ程度の腰痛も、このネガティブな反応があるため、いっそう辛く感じるのです。
特に、慢性的に痛みが続いている場合には、「また腰が痛くなるのではなか?」と、考えてしまう癖が付いています。このように、痛みに対する感受性を自分で上げてしまうことも、発症因子の一つでしょう。
慢性痛を長引かせ悪化させる「持続・増悪因子」
痛みが慢性化すると、25~70%にうつ症状が現れます
こうなると痛みはますます増強し、行動や社会参加の制限がおこり、痛みを引き起こす原因となる行動を避けようとします。そしていつまでも痛みが解決せず、先の見えない不安で、また痛みも増強していくのです。
慢性腰痛症の場合、本当に腰が悪くて痛いのでしょうか? いいえ、ここまで読んでいただいた皆さんには、すでに慢性腰痛症は腰だけが悪い単純な病気ではないことをご理解いただけたと思います。
では、その治療方法はどうすればよいのでしょうか?
次に、ペインクリニックで行う痛み治療の考え方をご説明します。一般的なストレッチ体操などは、腰痛ガイドさんの「カンタン腰痛予防体操」などをご参照下さい。
ペインクリニックで受けられる慢性腰痛症の治療方法・考え方
ペインクリニックでは、神経ブロック治療、薬物治療、理学療法、心理療法、手術療法などを組み合わせて、総合的に痛みを治療します。それは、痛いのだから痛み止め、などという単純な治療方法では、脳や神経の記憶に刻まれた痛みに対応できないからです。■ ペインクリニックの神経ブロック治療
神経の伝達を遮断して、痛みの悪循環を断ち切る神経ブロック治療は、ペインクリニックの最も得意とするところです。慢性腰痛症では、腰部硬膜外神経ブロック治療や神経根ブロック治療が選択されます。
■ ペインクリニックで受けられる薬物治療
また、薬物治療では、一般的に痛み止めと呼ばれる消炎鎮痛剤の他にも、抗不安薬や抗うつ薬、抗けいれん薬などを併用する場合もあります。これらを併用することは、痛み増悪因子を抑制し、痛みの緩和に有効なのです。
■ ペインクリニックで受けられる心理療法
心理療法としては、患者さん自身の痛みに対する考え方を、前向きに変えていくことが重要です。例えば、治療を受けて、痛みが半分に軽減したとします。しかし、同じ痛みでもどうでしょう。「まだまだ、こんなに痛みが残っている」と捉えるか、「痛みは確かに残っている。それでも以前よりは大分良い状態にむかっている」と考えるか。前者が痛みに囚われた患者さんの考え方、そして、後者が前向きに痛みを捉え、改善していくきっかけをつかんだ患者さんの考え方です。 両者の違いを見れば、同じ治療を行ったとしても、これからの治療成績が変わってくることがお分かりいただけるでしょう。
慢性的な痛みの治療は、痛み止めだけでなんとかなるほど単純なものではありません。痛み専門の治療を行いつつ、患者さんの痛みに対する発想の転換をしていくことも、痛み治療の成績を向上させる大きなカギとなるのです。
深刻な慢性痛が続いている場合は、「苦手な人と仕事をするだけで腰痛になるのは自分の気持ちのせいだ」などと片付けず、病院を受診して、適切な治療を受けることをオススメします。
参考文献
痛みと鎮痛の基礎知識 上 基礎編
小山なつ 著